森の観察者
それから数日。
薬草山脈の奥では、二人の魔族が人間の様子を観察し続けていた。
昼。
森の高い枝の上。
銀髪の魔族の女性は、木の幹にもたれて麓を見下ろしている。
その横で、年長の魔族の男が地図のようなものを広げていた。
「人間の陣が少し動いた」
女性が言う。
「うん、見える」
遠くで王国軍の隊列がゆっくり移動していた。
薬草採取地の見回りだ。
以前なら緊張した空気が漂っていたはずだが、今はどこか穏やかだ。
兵士たちは歩きながら話をしている。
時々立ち止まり、足を伸ばす者もいる。
そしてやはり――
棒。
コロ……コロ……
男が腕を組んだ。
「やはり気になるな」
「うん」
女性は枝の上で足をぶらぶらさせた。
「戦場で体を整えるなんて」
「変だよね」
男は少し考えて言う。
「だが合理的だ」
「体の巡りが整えば、魔力も安定する」
女性は頷いた。
「魔族でも同じ」
少し間を置く。
「でも魔族は普通、魔力で調整する」
男が言う。
「人間は魔力の扱いが弱い」
「だから身体から整えるのかもしれん」
女性は遠くの兵士を見ながら言った。
「結果は同じだけどね」
そのときだった。
森の奥で、低い唸り声が響く。
グルル……
女性が立ち上がる。
「魔物」
茂みの中から姿を現したのは、黒い狼型の魔物。
数は二匹。
男は冷静に言う。
「最近増えている」
女性は小さく頷く。
「戦争で魔力が荒れたから」
魔物は人間の野営地の方向へ進んでいく。
女性は少し眉をひそめた。
「……行くね」
男は腕を組んだまま言った。
「人間が対処するだろう」
しばらくして、遠くから人間の声が聞こえる。
「魔物だ!」
「来たぞ!」
剣の音。
盾の音。
そしてしばらくして、静かになった。
女性はまた座った。
「終わった」
男が頷く。
「人間も弱くはない」
そのとき、焚き火の近くで兵士たちが座り始めた。
一人が棒を取り出す。
コロ……コロ……
女性が笑う。
「またやってる」
男も少し口元を緩めた。
「戦ったあとに体を整える」
「理にかなっている」
女性はしばらくその様子を見ていた。
そしてぽつりと呟く。
「……ねえ」
「なんだ」
「一回試したい」
男が振り向く。
「何を」
女性は森の下を指差した。
「人間のあれ」
「棒」
男はしばらく黙っていた。
やがて小さく頷く。
「落ちているものがあればな」
女性は少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ探そう」
森の奥では、風が静かに流れていた。
そしてその森のどこかに、
人間の兵士が落とした
一本の棒が
まだ誰にも見つかっていないまま
転がっていた。




