山の奥の視線
薬草山脈のさらに奥。
人間の地図にはほとんど記されていない深い森が広がっている。
苔むした岩と古い遺跡の柱が、静かに立ち並んでいた。
風が木々の間を抜けるたび、葉がわずかに揺れる。
その岩の上に、二つの影があった。
長い銀色の髪を持つ若い魔族の女性。
そしてその後ろに立つ、落ち着いた雰囲気の年長の魔族の男。
二人は山の麓を見下ろしていた。
遠くには小さな光。
人間の野営地の焚き火だ。
男が低く言う。
「また人間の軍か」
女性は首を横に振った。
「うん……でも」
少し目を細める。
「前とは違う」
男が視線を向ける。
「どう違う」
女性は空気を吸い込み、しばらく目を閉じた。
「魔力の流れ」
「少し穏やかになってる」
男は岩に腰を下ろした。
「戦いが減っているのか」
「かもしれない」
女性は麓の様子をじっと見ていた。
兵士たちが焚き火の周りに座っている。
武器を手入れしている者。
食事をしている者。
そして――
妙なことをしている者。
コロ……コロ……
女性が眉をひそめた。
「……何してるんだろ」
兵士の一人が地面に座り、棒のようなものを足の裏で転がしている。
仲間が笑っている。
「やっぱり効く!」
「足が軽い!」
男が腕を組んだ。
「ただの棒に見えるが」
女性は首を傾げた。
「うん」
「でも」
少し集中する。
「魔力の流れが変わる」
男が振り向く。
「魔道具か?」
「違う」
女性はすぐに答えた。
「魔力反応はない」
「でも身体の巡りが変わってる」
男は少し驚いた顔をした。
「そんなことがあるのか」
女性はしばらく観察を続けた。
兵士は棒を転がしながら笑っている。
コロ……コロ……
その様子を見て、彼女はぽつりと言った。
「魔脈が動いてる」
男は静かに息を吐いた。
「人間は魔力の扱いが弱い種族だ」
「だが」
女性は頷く。
「身体を整えて魔力を流してる」
しばらく沈黙。
森の奥では風が静かに流れている。
やがて男が言った。
「調べる必要があるな」
女性は小さく笑った。
「うん」
そしてもう一度、麓の野営地を見る。
焚き火の光。
笑う兵士たち。
そして棒を転がす音。
コロ……コロ……
女性は静かに呟いた。
「……面白い」
男が立ち上がる。
「しばらく観察する」
「人間の動きも」
「魔物の増え方も」
女性は頷いた。
そして最後に、遠くの兵士を見ながら言った。
「あと」
「……あの棒も」
山の奥の森は静かだった。
だがその奥で、
人間の世界を見つめる
もう一つの種族の興味が
ゆっくりと芽生え始めていた。




