戦場に残ったもの
魔物との戦闘から数日後。
薬草山脈の麓は、以前より静かになっていた。
戦いが完全に止まったわけではない。
だが互いに距離を保ち、小さな衝突も減っている。
王国軍の野営地。
アンダーソンは地図を見ながら部下の報告を聞いていた。
「敵軍の動きは?」
「昨日と同じです。採取地の周囲を見回るだけ」
「攻撃は?」
「ありません」
アンダーソンは小さく頷いた。
「……向こうも様子を見ているな」
そのとき、兵士の一人が笑いながら言った。
「隊長」
「なんだ」
「敵兵が……また棒使ってました」
周囲の兵士が笑う。
「もう完全に広まってますね」
「魔道具棒部隊でしたっけ」
アンダーソンは苦笑した。
「……名前はともかく」
そして小さく言う。
「効果があるのは確かだ」
焚き火の横では兵士たちが足を伸ばし、帰還の棒を転がしている。
コロ……コロ……
「昨日の行軍、足が軽かった」
「やっぱり違うな」
「遠征前は、こんなこと考えもしなかった」
その様子を見て、アンダーソンは静かに思った。
(ユウト殿の技術は……)
(確実に戦場を変えている)
その頃、敵軍の陣でも似た光景があった。
兵士たちが地面に座り、棒を転がしている。
「おい、順番だぞ」
「ちょっと待て、今いいところだ」
「魔道具棒は共有資産だ」
魔導士はその様子を遠くから眺めていた。
そして小さく呟く。
「……人間は面白い」
兵士が近づく。
「魔導士様」
「なんだ」
「最近、魔物が増えている気がします」
魔導士は静かに頷いた。
「私も感じている」
地図を広げる。
「戦争で魔力が荒れると、魔物が生まれやすくなる」
兵士が眉をひそめる。
「つまり」
「戦えば戦うほど」
魔導士は言った。
「魔物は増える」
しばらく沈黙が流れる。
兵士がぼそっと言う。
「……厄介ですね」
魔導士は山の方を見た。
「薬草山脈は魔力が豊かな土地だ」
「だから魔物も集まりやすい」
兵士は腕を組んだ。
「王国も同じことを考えているでしょうか」
魔導士は少し笑った。
「……おそらくな」
その夜。
王国軍の野営地では、アンダーソンが空を見上げていた。
焚き火の横で兵士が言う。
「隊長」
「なんだ」
「最近……敵と戦うより」
「魔物と戦ってる気がします」
アンダーソンは少し考えた。
そして答える。
「……そうかもしれないな」
そのとき遠くで、魔物の遠吠えが聞こえた。
低く長い声。
兵士たちが顔を上げる。
アンダーソンは静かに立ち上がった。
「見張りを増やせ」
「はい」
兵士たちが動き出す。
夜の山は静かだ。
だが確実に何かが変わり始めていた。
人間同士の戦いの隙間で。
別の脅威が、ゆっくりと姿を現し始めていた。
そしてその変化に最初に気づいたのは――
王国でも敵国でもなく。
もっと山の奥に住む存在たちだった。




