戦場で起きた奇妙な休戦
薬草山脈の麓。
朝の冷たい空気の中、王国軍と敵国軍は向かい合っていた。
両軍とも大規模な戦いではない。
薬草採取地を巡る小競り合い。
だが互いに退くわけにもいかない場所だった。
王国側の前列にはアンダーソンが立っている。
剣を握りながら、静かに周囲を見渡した。
兵士たちの緊張は高い。
しかし以前とは少し違うものもあった。
腰袋に差された
帰還の棒。
そして小さな袋に入った
帰還の珠。
アンダーソンはそれを軽く叩いた。
「忘れるな。
無事に帰ることが一番だ」
周囲の兵士が頷く。
やがて敵軍側にも動きが見えた。
整列して前へ出てくる部隊。
その中央には、妙な光景があった。
兵士たちが腰に――
同じような棒を差している。
アンダーソンは思わず眉を上げた。
(……まさか)
隣の兵士が小声で言う。
「隊長、あれ……」
「見えている」
敵軍の隊列が止まる。
その先頭に立つのは、例の隊長だった。
そして彼の後ろには
例の魔導士もいる。
隊長が叫ぶ。
「王国軍!
本日は薬草採取地の確認だ!」
「こちらも同じだ!」
アンダーソンが応じる。
緊張した空気が流れる。
剣を構える兵。
盾を構える兵。
だが――
そのときだった。
敵軍の後列で
一人の兵士が突然しゃがみこんだ。
「くっ……足が……」
長い行軍の疲れだった。
それを見た別の兵士が言う。
「おい、棒を使え!」
「今か?」
「今だ、今!」
その兵士は腰から棒を取り出すと
地面に座り、足の裏に当てて転がし始めた。
コロ……コロ……
その光景を見た王国兵たちが固まる。
「……」
「……」
アンダーソンは思わず口元を押さえた。
(やっぱり使ってる……)
敵兵はしばらく棒を転がすと
顔を上げた。
「……楽になった」
周囲の兵士が頷く。
「言っただろ」
「魔道具棒はすごい」
「我が国の魔導士様が再現したんだぞ」
魔導士は少し離れた場所で
遠い目をしていた。
(私は何もしていないのだが……)
一方、王国軍の列でも
妙な空気が流れていた。
兵士の一人が小声で言う。
「……あれ、俺たちの棒ですよね」
「そうだな」
「敵が使ってるな」
「使ってるな」
しばらく沈黙。
その時、王国兵の一人が言った。
「……ちょっと足が張ってきた」
すると隣の兵士が言う。
「やっとくか?」
「やっとくか」
その兵士は自然に座り
帰還の棒を足の裏で転がし始めた。
コロ……コロ……
敵軍の兵士たちがそれを見る。
そして誰かが言う。
「……やっぱり効くんだな」
「効くな」
次の瞬間。
両軍の前線で
棒を転がす音が響き始めた。
コロ……コロ……
コロ……コロ……
剣を構えたままの兵もいる。
だが座っている兵もいる。
何とも言えない空気だった。
アンダーソンは剣を少し下げた。
敵軍の隊長も
しばらくその光景を見ていた。
やがて苦笑する。
「……今日は」
少し間を置き、言った。
「採取地の確認だけにしておくか」
アンダーソンも頷く。
「同意する」
両軍の兵士たちは
どこか気まずそうに立ち上がった。
だが戦いは起きなかった。
薬草の位置を互いに確認し
境界を少し調整する。
それだけで
その日の戦場は終わった。
帰り道。
王国兵の一人が言う。
「……隊長」
「なんだ」
「敵と一緒に棒転がしてましたね」
アンダーソンは空を見上げた。
「……そうだな」
そして静かに笑う。
「変な戦場だ」
一方その頃。
敵軍の陣営では
魔導士が机に向かっていた。
彼は静かに呟く。
「……魔道具ではない」
「だが確かに効果はある」
古文書をめくる。
そこには古い言葉が書かれていた。
身体の巡り
そして小さく書かれている。
神の経路
魔導士はペンを取り
新しい言葉を書いた。
人体の流れ
そして呟いた。
「……人間は
面白いことをしている」
遠くで兵士たちの声が聞こえる。
「棒を持てー!」
「忘れるなよ!」
「魔道具棒だ!」
魔導士は顔を覆った。
「……ただの棒なのだが」
しかし。
そのただの棒が
戦場で初めて
剣を止めた日
だった。




