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棒と棒

遠征開始から十数日。

王国軍の小部隊は丘陵地帯を進んでいた。


先頭を歩くのはアンダーソン。

周囲を見ながら静かに歩く。


副官が言った。


「この先に敵の偵察隊がいる可能性がある」


兵士たちはうなずいた。

全員の腰袋には――帰還の棒と珠。


夜の野営でも欠かさず使っている。


アンダーソンは足を軽く踏み込んだ。


(脚は軽い)


(棒のおかげだな)


その時だった。


丘の向こうから声が響く。


「敵影!」


剣が抜かれる。


敵兵が十数人。

こちらと同規模の偵察隊だ。


アンダーソンが剣を抜く。


「構えろ!」


戦闘が始まった。


剣と剣がぶつかる。


金属音が丘に響く。


敵兵の一人が突っ込んでくる。


アンダーソンは一歩横へ。


踏み込み。


剣を弾く。


敵兵は後ろに下がった。


その動きを見て副官が言う。


「いい動きだ」


アンダーソンは短く答える。


「体が軽い」


戦闘は短かった。


お互い偵察部隊。


長引かせる気はない。


数分後。


両軍は距離を取った。


にらみ合い。


その時だった。


敵兵の一人が腰袋から何かを落とした。


コロン。


地面に転がる。


アンダーソンの視線がそこへ向いた。


「……?」


それは――


棒だった。


短い木の棒。


アンダーソンは思わず言った。


「……棒?」


副官も気づく。


「待て、今の」


敵兵の方でも声が上がった。


「おい!」


「落とすな!」


慌てて拾う兵士。


その動きがあまりにも必死だった。


王国兵たちは顔を見合わせる。


アンダーソンが小さく言う。


「……今の」


副官が答える。


「見間違いじゃない」


「棒だ」


兵士の一人が言う。


「……うちのと同じ形じゃないですか」


一瞬の沈黙。


敵兵の隊長が叫ぶ。


「撤退!」


敵部隊はすぐに後退を始めた。


戦闘終了。


丘の上に静けさが戻る。


王国兵たちはしばらく黙っていた。


そして兵士の一人が言う。


「……敵」


「棒使ってませんでした?」


副官が腕を組む。


「使っていたな」


アンダーソンが言う。


「落とした時」


「かなり焦ってた」


兵士が言う。


「まさか……」


「敵も帰還の棒を?」


リュウがここにいたら

きっと笑っただろう。


副官は少し考えた。


「盗まれたのかもしれん」


別の兵士。


「それか」


「作ったとか?」


アンダーソンは腰袋から棒を出した。


見つめる。


そして言う。


「……棒だぞ」


兵士たちはうなずく。


「棒ですね」


少し沈黙。


そして一人が言った。


「敵も棒転がしてるのか」


別の兵士。


「戦場で」


また沈黙。


そして。


全員ちょっとだけ笑った。


アンダーソンが言う。


「……まあ」


棒を袋に戻す。


「悪いことじゃない」


副官がうなずく。


「兵士の体が壊れないなら」


兵士が言った。


「敵も腰痛なんでしょうね」


丘の上に小さな笑いが広がった。


アンダーソンは空を見上げた。


(ユウト殿)

(まさか敵まで使ってるとは)


遠くの丘の向こうでは。


敵軍の魔道具棒部隊が

真剣な顔で報告していた。


「戦闘中」


「棒を落としそうになりました!」


隊長が怒鳴る。


「馬鹿者!」


「それは国家機密の魔道具だぞ!」


兵士は震えながら言う。


「申し訳ありません!」


そして付け加えた。


「敵兵に見られた可能性があります!」


隊長の顔が固まる。


「……まずい」


副官が言った。


「こちらでも魔道具を作っていることが知られたかもしれません」


その頃。


研究室の魔導士は

棒を転がしながら呟いていた。


「……ただの棒なんだけどな」


それでも。


戦場のどこかで。


両軍の兵士が同じことをしていた。


コロ。


コロ。


世界で初めて。


戦場の両軍が同時にセルフケアしていた。

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