魔導士の決意
翌朝。
敵国の砦、研究室。
机の上には例の棒と木の球。
その横には魔導士が夜通し書き上げた紙が並んでいた。
人体の図。
筋肉の走り。
そして細い線で描かれた「身体の道」。
魔導士は椅子に座り、それを見つめていた。
「……やはり」
棒を手に取る。
軽い木の棒。
魔力はない。
呪術もない。
魔法陣も刻まれていない。
だが――
確かに効果はある。
魔導士は古文書の記述を思い出していた。
若い頃。
禁書庫に近い場所に積まれていた古い医学書。
そこにはこう書かれていた。
「人体の内には見えぬ道が巡る」
「そこを押し、緩めれば力が戻る」
当時それを読んだ多くの魔導士は笑った。
「魔法と関係がない」
「ただの民間療法だ」
だが彼だけは覚えていた。
「……まさか本当に使う者が現れるとは」
魔導士は小さく笑う。
王国の誰かが
この古い知識を実用にした。
それがこの棒。
魔法ではない。
だが兵士には確かな効果がある。
魔導士は窓の外を見る。
中庭では――
魔道具棒部隊が朝の訓練をしていた。
「位置を変えろ!」
「もっと転がせ!」
コロ……コロ……
兵士たちは真剣そのものだ。
魔導士は思う。
(……間違ってはいない)
魔法ではないが
兵士の疲労は確かに減る。
それは戦場では大きな差になる。
(問題は)
(これをどう説明するかだ)
その時。
研究室の扉が開いた。
「魔導士殿!」
副官だった。
「隊長がお呼びです」
魔導士は立ち上がる。
「何かありましたか」
副官は少し興奮していた。
「魔道具棒部隊の効果が出ています」
「行軍速度が上がりました」
「兵士の疲労も減っている」
魔導士は小さく頷く。
「……そうですか」
副官は真剣な顔で言う。
「やはり王国の魔道具を再現したのは正解でした」
魔導士は一瞬だけ黙った。
(違う)
(再現していない)
(ただの棒だ)
だが彼はゆっくり言った。
「兵士の役に立っているなら」
「それは良いことです」
副官は満足そうに頷いた。
「隊長も同じことを言っていました」
副官は去っていく。
研究室に再び静けさが戻る。
魔導士は机に戻った。
棒を見つめる。
(王国の者)
(誰か知らないが)
(なかなか賢い)
魔導士は紙に新しい言葉を書いた。
「人体調整具」
そしてその横に小さく書いた。
「棒型」
少し考えてからさらに書く。
「球型」
魔導士は椅子にもたれた。
「魔法ではない」
「だが価値はある」
そして静かに決めた。
「ならば」
紙をまとめる。
「こちらも研究する」
王国が人体を研究するなら
こちらも理解する。
魔導士の目が少し光る。
「知識に敵国は関係ない」
彼は棒を持ち上げた。
コロ。
「……本当に」
少し笑う。
「気持ちがいいな」
その頃。
遠く離れた王国では――
ユウトが新しい相談を受けていた。
「先生」
「今度は農民から相談が来てます」
ミリアが言う。
「腰が辛い人が多いそうです」
ユウトは少し考えて言った。
「じゃあ次は」
紙に何か描き始める。
「腰用の道具を作ろうか」
その発想が。
また一つ新しい文化を生むことを
まだ誰も知らなかった。




