再現を命じられた魔導士
敵軍の砦。
研究室の机の上には一本の棒が置かれていた。
あの戦場で拾われた木の棒だ。
その前で腕を組み困った顔をしている男がいた。
敵国の魔導士である。
数日前。
隊長はこの棒を彼に預けた。
「この魔道具を再現してほしい」
その一言だった。
魔導士はその時も言いかけた。
(これはただの棒では……)
だが周囲の兵士たちの目は真剣だった。
「王国の秘密兵器」
「国家機密の魔道具」
そんな言葉が飛び交っていた。
魔導士は結局言えなかった。
「……解析してみます」
それから数日。
研究室の机には紙が散らばっていた。
魔法陣。
魔力測定。
触媒の可能性。
だが結論は変わらない。
魔導士は棒を持ち上げる。
軽い。
魔力なし。
呪術なし。
封印なし。
どう見ても。
(ただの棒だ)
彼は小さくため息をついた。
(どう再現すればいいんだ……)
(もう再現されている)
(最初から)
その時。
ドアが勢いよく開いた。
「魔導士殿!」
隊長と副官。
そして兵士数名が入ってくる。
魔導士の背筋が少し伸びた。
隊長が言う。
「進捗を聞きに来た」
副官も期待した顔をしている。
「王国の魔道具の再現はどうだ」
魔導士は一瞬言葉を失う。
(どうだと言われても)
(ただの棒なんだが……)
しかし周囲の空気が重い。
期待の視線。
魔導士は口を開く。
「それは……」
言いにくい。
「まだ……」
その時だった。
兵士の一人が机の棒を手に取った。
「これですか」
魔導士が止める前に
兵士は靴を脱ぎ。
棒を床に置いた。
「試していいですか」
コロ……
足の裏で転がす。
コロ……
兵士の顔が変わった。
「……あ」
副官が聞く。
「どうした」
兵士は驚いた顔で言った。
「足が……軽いです」
部屋が静まり返る。
隊長の目が光る。
「……ほう」
兵士はもう一度転がす。
コロ……
「本当です」
「楽になります」
副官が振り向く。
「魔導士殿!」
魔導士は何もしていない。
だが兵士たちは確信した顔だった。
「成功ですな!」
別の兵士が言う。
「再現できている!」
副官が大きく頷く。
「さすが我が国で最高の魔導士!」
隊長も静かに笑った。
「王国の国家機密レベルの魔道具を再現するとは」
魔導士は固まった。
(いや…)
(違う…)
(私は何もしていない…)
(それはただの棒…)
言おうとする。
だが兵士が次々試し始める。
「本当だ」
「脚が軽い」
「これはすごい」
副官が言う。
「全軍に配備すべきだ」
隊長も頷く。
「量産しろ」
魔導士は思った。
(待って)
(話を聞いて)
だが誰も聞いていない。
副官が言う。
「魔導士殿」
「王国の魔法を解析できた感想は?」
魔導士はしばらく沈黙した。
そして言った。
「……非常に興味深いです」
嘘ではない。
ただし理由が違う。
兵士たちは完全に盛り上がっていた。
「これで王国に対抗できる!」
「秘密兵器完成だ!」
隊長は棒を持つ。
机に置く。
「素晴らしい仕事だ」
魔導士の肩に手を置いた。
「誇りに思う」
魔導士は内心で呟いた。
(……ただの棒です)
(本当に)
(ただの棒)
だがもう言えなかった。
こうして敵国では。
帰還の棒が
「王国の魔道具を再現した国家級兵器」
として扱われ始めた。
その頃。
遠く離れた王国では――
ユウトが普通に言っていた。
「これね」
「ただの木の棒なんだけど」
誰もまだ。
この勘違いを知らない。




