王に呼ばれ、謁見する
兵士に肩を触れた翌朝。
牢の前に、見張りではない鎧姿の兵士が二人立っていた。
雰囲気が昨日までの兵士とは桁違いだ。
鎧の細工は豪華で、背には王紋が刻まれている。
「綾瀬ユウト殿。陛下より召見の命である」
「へ、陛下!?俺が!?」
隣のリュウが「ほら来た」と言わんばかりに腕を組む。
「昨日の兵士の話、もう王に伝わったんだろう。
お前の技術が“治癒魔法”と誤解されてる以上、こうなるのは当然だな」
「いや、誤解のまま行くの怖すぎるんだけど……」
しかし抗議をする間もなく、兵士たちは牢を開け、ユウトを外へ促した。
「同行者は認められぬ。暗殺容疑ありの男はここに残す」
リュウは軽く笑ってユウトの肩を叩く。
「ま、心配するな。帰ってくるまで寝てるから」
「いや帰ってこれるのかな俺……!」
不安を抱えたまま、ユウトは兵士に連れられ牢獄を出た。
王城は、遠くからでも分かるほど巨大な建築物だった。
白い石造りで、塔の先端まで精巧な装飾が施されている。
道中、兵士たちがひそひそとユウトを見ていた。
「あれが……“呪いを解いた男”か」
「治癒魔法使いは伝説の存在のはず……だが」
「服装だけが妙に安っぽいな……」
「安っぽいって……これはユニクロだよ……!」
小声で反論するが当然誰にも通じない。
大広間へ通されると、さらに視線の嵐だった。
鎧を身につけた騎士、法衣を纏った神官、巻物を持って立つ文官たち。
その最奥には――豪奢な玉座があった。
王は壮年の男性で、深い青のマントを纏い、厳しいが知性を感じる表情をしていた。
しかし、その足元にはクッションが多く敷かれ、片足を少し浮かせている。
明らかに痛みがある様子だった。
「そなたが……ユウトという男か」
「は、はい……綾瀬ユウトです」
「聞けば、我が兵の呪いを解いたというではないか」
「いや、呪いじゃなくて、その……筋肉が固まってただけというか」
大広間がざわつく。
「筋……肉……?」
「呪いではないというのか」
「治癒魔法以外に痛みを取り除く方法があるのか?」
王が手を上げ、静寂が戻る。
「ユウトよ。余は夜な夜な足の激痛に悩まされておる。
魔女の呪いだとばかり思っていたが……そなたの言葉が真実ならば、
その苦しみを取り除く術があるということか?」
「……診させてください。触れば分かります」
場の空気が固まる。
王に“触る”と言ったのだ。
普通なら不敬どころの騒ぎではない。
「無礼だぞ!」
「やはり怪しい男……!」
「陛下に触れるなど――」
「よい」
王が静かに言った。
その声だけで場が再び凍りつく。
「余は痛みに飽いた。呪いならば解いてみよ。
治癒魔法でないと言うならなお良い。試してみる価値はある」
王は玉座の横に設けられた簡易椅子へ移動し、足を差し出した。
「さあ、ユウト。……そなたの言う“技術”とやらを見せてみよ」
ユウトは片膝をつき、丁寧に王の足に触れる。
周りが息を呑んだ。
王の身体に触れるなど、特別な儀式か医療行為以外ではあり得ない。
(……うわ、このふくらはぎ……石みたいだ)
触れただけで分かる。
王の痛みの正体は――
「こむら返り(筋痙攣)」の慢性化と、酷い筋肉疲労だ。
「陛下、これは……呪いではありません」
「ほう?」
「筋肉が固くなりすぎて、夜中に痙攣を起こしている状態です。
現代……いえ、俺の知ってる世界ではよくある症状です」
王は驚いたように眉を動かした。
「では……治せるのか?」
「はい。少し触らせてもらいます」
ユウトはゆっくりと指圧を始めた。
刺激は最小限、だが確実にポイントをとらえる。
硬い筋がほぐれるにつれ、王の顔が驚愕の色を帯びていく。
「ぉ……おお……?
痛みが……和らいでいく……だと……?」
大広間がざわめいた。
「本当か!?」
「呪いが……消えたのか!?」
「いや、呪いではないと言っていたはず……!」
数分後――
王はゆっくりと足を動かし、深く息を吐いた。
「……軽い。まるで別の足のようだ……!」
その言葉とともに、貴族も騎士も臣下も、全員がユウトを見る目を変えた。
畏怖。尊敬。戸惑い。
すべての感情が入り混じる。
「ユウトよ。そなた……余の国に必要な男だ」
「え?」
「そなたに命ずる。
――この国の人々の“呪い”(不調)を取り除き、
健康を取り戻す技術を広めよ」
王は立ち上がり、宣言した。
「今よりそなたは、王国特別治療師である!」
王の足の痛みが和らぎ、大広間にはざわめきが満ちていた。
「陛下の表情が……穏やかだ……!」
「足を動かしておられる……夢のようだ……」
「呪いが……本当に呪いじゃなかったのか……?」
そんな中、広間の扉が再び開いた。
「ユウト!」
「リュウ!?」
見知った声に振り向けば、黒髪の青年――リュウが兵士に案内されて現れた。
拘束されていないところを見ると、処罰のためではなさそうだ。
王の側近が説明する。
「陛下の御身に触れる者の素性を確認するため、
同室の囚人である男にも証言を求めました。
彼には控えの間で待機してもらっておりました」
「なるほどな……」
するとリュウが少しだけ照れくさそうに笑った。
「お前が陛下の痛みを軽くしたって聞いてさ……
まあ、俺が証言しなくても結果が物語ってるけどな」
「いや、助かったよ。ありがとな」
そして王が重々しく口を開く。
「リュウとやら――そなたは暗殺者見習いでありながら、
結局人を殺めることを拒み、その技を捨てたと聞いた」
「……その通りです、陛下」
「だが、針を扱う技そのものは評価されていると聞いた」
周囲の騎士や文官は怪訝な表情を浮かべた。
「陛下、しかし針とは人を害するための道具……」
「人を救う者の補佐に相応しいとは……」
当然の反応だ。
この世界では針=毒・暗殺の道具でしかない。
服飾職人や漁師ではない人間が針を扱うなんて怪しいイメージがついてしまう。
そこでユウトが一歩前へ進んだ。
「陛下、異論がなければ……俺から説明させてください」
「申してみよ、ユウト」
ユウトはゆっくりと言葉を選んだ。
「リュウの針さばきは、信じられないほど精密です。
もし、その技を『害するためではなく、正反対の目的』――
つまり、身体の不調を取り除くために使うのであれば……」
大広間が静まり返った。
ユウトは続ける。
「俺の世界には、“鍼”という技術があります。
針を身体に刺すことで、筋肉の緊張をとったり、痛みを和らげたりする技です」
「針で……治す……?」
貴族の一人が声を漏らす。
「信じられぬ……そんな馬鹿な……」
「針を刺したらケガをするのと同じでは……?」
「普通はそう考えますよね。でも、使い方を変えるだけで逆の効果になるんです」
ユウトははっきりと言い切った。
「俺は揉みほぐしの技が得意ですが、
“針を的確に扱える人間”なら俺の届かない部分にまで手が届きます。
リュウなら、それができる可能性がある」
リュウは驚いたように目を見開いた。
「……俺が……人を治す?」
「そうだ。
お前は人を殺せなかったんじゃない。
“殺さないことを選べる人間”なんだよ。
だったらその技は、人を助けるために使えるはずだ」
リュウの喉がわずかに震える。
「ユウト……」
王は深く目を細めた。
「ユウトよ……そなたが扱う“筋肉の理”とやらは、
古代文明の医術に似ている」
臣下たちもざわつく。
「確かに……古代遺跡の壁画に、細い棒で体を突く絵が……」
「治療の儀式だった可能性があるという説もあったな……」
王は玉座から身を乗り出した。
「リュウとやら。
針の技を、ユウトの導きのもと“人を救うため”に使う気はあるか?」
静寂。
その中でリュウは、ゆっくりと顔を上げた。
「……俺は、人を殺す針は持ちたくなかった。
でも――人を救える針なら……そのためなら、喜んで使いたい」
ユウトは思わず笑った。
「決まりだな、リュウ」
「お前に言われると……妙にやる気が出るな」
王は高らかに宣言する。
「ならば、余は認めよう。
ユウト、特別治療師として国の不調を取り除け。
リュウは補佐として技を磨き、“新たな針の道”を拓け!」
大広間に驚嘆と期待の声が満ちた。
こうして――
この世界には存在しなかった “鍼治療”という概念が誕生した。
しかもその始まりは、牢獄から始まった二人の奇妙な友情だった。




