戦場に落ちた棒
遠征開始から七日目。
部隊は渓谷沿いの道を進んでいた。
空は曇り。
湿った風が吹いている。
先頭の斥候が足を止めた。
「待て」
兵士たちが静かに止まる。
「前方に動き」
アンダーソンは剣の柄を握った。
岩の陰から人影が飛び出す。
盗賊だった。
十人ほど。
「来るぞ!」
叫び声と同時に戦闘が始まった。
剣がぶつかる。
金属音が谷に響く。
アンダーソンは前へ出た。
盗賊の剣を受け流す。
踏み込み。
体を捻る。
体はよく動いた。
脚が重くない。
昨夜も焚き火のそばで
帰還の棒を転がしていた。
足裏。
ふくらはぎ。
腰。
体は軽い。
盗賊が横から斬りかかる。
アンダーソンは一歩下がる。
そのまま剣を弾く。
隙ができた。
「今だ!」
仲間の槍が突き出る。
盗賊は地面に倒れた。
数分後。
戦いは終わった。
盗賊たちは散り散りに逃げていく。
副官が周囲を確認する。
「軽傷が二人。
問題なし」
兵士たちは息を整えた。
「助かったな」
「動きやすかった」
「脚がまだ動く」
アンダーソンは腰の袋を軽く叩いた。
中には帰還の棒と珠。
だが戦闘の最中
袋の紐が少し裂けていた。
気づいた者はいなかった。
そのまま部隊は行軍を再開する。
谷には静けさが戻った。
夕方。
森の奥から二人の男が現れた。
敵国の偵察兵だ。
彼らは戦闘跡を調べていた。
地面には足跡。
折れた枝。
そして血の跡。
「ここで戦ったようだ」
一人が言う。
もう一人が地面を見た。
「……待て」
岩の影に
小さな木の棒が落ちていた。
彼はそれを拾う。
「これだ」
もう一人の目が細くなる。
「例の物か」
偵察兵は棒を回して見る。
ただの木の棒。
だが報告書にあった形と同じだった。
「ついに手に入れたな」
もう一人が低く言う。
「疲労を回復する魔道具」
男は慎重に布に包む。
まるで宝物のように。
「急ぐぞ」
「隊長に届ける」
二人は森の奥へ走った。
―――その夜。
敵軍の砦。
指揮室の机の上に
一本の棒が置かれていた。
隊長はそれを見下ろす。
「これが……」
偵察兵が答える。
「王国軍の野営地で使われていた物です」
隊長は棒を持ち上げた。
軽い。
ただの木の棒。
だが彼は簡単には信じない。
「兵士の疲労を回復させる魔道具」
低く呟く。
「ついに手に入れたか」
部下が尋ねる。
「魔導士を呼びますか」
隊長は頷いた。
「呼べ」
机の上に棒を置く。
「徹底的に調べろ」
その声は静かだった。
「この国の兵が強い理由が
ここにあるかもしれん」
部屋の灯りの下で
帰還の棒は静かに転がった。
ただの木の棒だ。
だが敵国では今
“重要な魔道具”として扱われ始めていた。
そして翌日。
砦に一人の男が呼ばれる。
敵国の魔導士だった。




