棒を探せ
数日後。
国境近くの森の中を、二人の偵察兵が静かに進んでいた。
敵軍の斥候だ。
木の陰に身を潜めながら丘の向こうを覗く。
そこには王国軍の野営地があった。
焚き火がいくつか。
兵士たちが輪になって座っている。
「……見えるか」
一人が小声で言う。
「ああ」
もう一人が目を細めた。
「例の魔道具らしき物だ」
焚き火のそばで兵士が足を伸ばしていた。
その足の下にあるのは――
木の棒。
兵士はそれを足裏で転がしている。
コロ……コロ……
「……あれか」
偵察兵の一人が息を潜める。
「報告にあった棒だ」
もう一人が頷く。
「疲労を回復する魔道具かもしれん」
焚き火の周りでは別の兵士が脚に当てていた。
また別の兵士は丸い木の球を腰の下に置いて体を揺らしている。
「……あの球も魔道具か?」
「可能性はある」
兵士たちは笑いながら順番に使っていた。
「貸せよ」
「待て待て」
「脚が軽くなるぞ」
「本当か?」
偵察兵は顔を見合わせる。
「妙だな」
「何が」
「普通なら疲れて寝ている時間だ」
確かにそうだった。
長い行軍の後。
普通の兵士は焚き火の横で倒れるように眠る。
だが彼らは違う。
体を整えている。
「魔道具の効果か」
「だろうな」
偵察兵は低く言った。
「兵士の疲労を回復する道具」
「そんな物があるなら厄介だ」
二人はしばらく観察を続けた。
焚き火の周りで兵士たちは交代で棒を使う。
球を背中に当てている者もいる。
「完全に共有している」
「部隊全体で使っているようだ」
「なら魔道具の可能性が高い」
やがて一人が言った。
「……一本盗むか」
もう一人が頷く。
「証拠が必要だ」
二人は夜を待つことにした。
―――夜が深まる。
焚き火が小さくなる。
兵士たちは毛布にくるまって眠り始めた。
偵察兵はゆっくり近づく。
足音を消す。
呼吸も浅くする。
焚き火の横に棒が一本置いてあった。
「……あれだ」
一人が手を伸ばす。
その瞬間。
「誰だ」
低い声が響いた。
アンダーソンだった。
夜番で起きていた。
偵察兵は即座に飛び退く。
「ちっ」
そのまま森へ逃げた。
アンダーソンが剣を抜く。
「敵だ!」
兵士たちが飛び起きる。
だが偵察兵はすでに闇の中だった。
副官が駆け寄る。
「追うか」
アンダーソンは首を振る。
「いや」
地面を見る。
焚き火の横。
棒はまだそこにあった。
アンダーソンはそれを拾う。
「……これだな」
副官が眉を上げる。
「棒を狙っていたのか」
「そうかもしれません」
アンダーソンは袋に棒を戻す。
「最近みんな使ってますから」
副官は苦笑した。
「戦場で体の手入れとはな」
アンダーソンは静かに言った。
「でも動けます」
副官はしばらく黙っていた。
そして頷く。
「確かにな」
焚き火の火が揺れる。
袋の中で帰還の棒が小さく音を立てた。
偵察兵たちは森の奥で息を整えていた。
「……失敗した」
「だが確認はできた」
二人は顔を見合わせる。
「やはり魔道具だ」
「間違いない」
彼らは砦へ戻るため走り出した。
王国軍の野営地では
兵士たちが再び眠りにつく。
帰還の棒は袋の中で静かに揺れていた。
ただの木の棒だ。
だが敵国はまだ知らない。
それが魔法ではなく
人の体を守る知恵だということを。




