前線 ― アンダーソン奮闘
遠征開始から数日。
王都から離れた丘陵地帯に、兵士たちの野営地が広がっていた。
夜の空気は冷え込み、焚き火の火が静かに揺れている。
兵士たちは食事を終え、それぞれ休息に入っていた。
その表情には疲労が濃く浮かんでいる。
長い行軍。
重い装備。
そして、いつ襲撃があるかわからない緊張。
体は確実に削られていた。
「……はぁ」
焚き火の近くで座り込んだ兵士が、脚をさすりながら呻く。
「ふくらはぎが石みたいだ。まだ三日目だぞ」
その横でアンダーソンが腰を下ろした。
「なら、使うか」
そう言って袋から取り出したのは、
木の棒――帰還の棒だった。
「またそれか?」と仲間が笑う。
だがアンダーソンは気にせず、足裏に棒を当てて転がし始めた。
コロ……コロ……
焚き火の明かりの中で、静かな木の音が響く。
「……どうだ?」
「最初は痛い。けどな、続けると楽になる」
彼はふくらはぎにも棒を当て
ゆっくり転がした。
筋の奥にじわっと熱が広がる。
王都の訓練場でユウトが言っていた言葉を思い出す。
「痛みに勝たなくていい。体を守る時間だ」
それを見ていた別の兵士が言った。
「貸してみろ」
棒はすぐに手渡され
また次の兵士へと回る。
最初は半信半疑だった兵士たちも
使ううちに表情が変わっていく。
「……おい、これ本当に効くぞ」
「脚の重さが抜ける」
「なんでこんな棒一本で?」
アンダーソンは少し誇らしげに笑った。
「王都の“帰る場所”で教わったんだ。帰るための道具だってな」
その時、遠くの見張りから声が飛んだ。
「敵影なし!」
野営地に安堵の空気が流れる。
兵士たちは焚き火の周りで棒や珠を回しながら体をほぐし続けた。
球状の帰還の珠を腰の下に置き、背中をゆっくり揺らす兵士もいる。
「おお……腰が抜ける……」
その声に、周囲が笑った。
「変な光景だな」と副官が呟く。
「戦場の夜に、兵士が体の手入れとは」
「でも悪くないでしょう」
アンダーソンはそう答えた。
「明日も歩けますから」
副官は少し黙ってから頷いた。
「確かに。倒れて進めなくなるよりはいい」
夜は静かに更けていく。
焚き火の火が小さくなり
兵士たちはそれぞれ毛布にくるまった。
アンダーソンも寝転び、棒を袋へ戻す。
ふくらはぎの重さは、確かに軽くなっていた。
(ユウト殿……)
彼は空を見上げた。
王都の方角に、星が瞬いている。
(俺たちは、帰ります。必ず)
その約束を胸に、アンダーソンは目を閉じた。
帰還の棒と帰還の珠は、戦場の小さな焚き火の横で静かに転がっていた。
そしてその夜――
遠征部隊の兵士たちは、久しぶりに深く眠った。




