王様、こっそり試す
ある夜。
王城の廊下を、
一人の男がこそこそと歩いていた。
王冠は外し、
簡素なローブ姿。
だが、その顔を見れば誰でも分かる。
――この国の王である。
「……本当に誰もいないな?」
後ろを振り返る。
側近も護衛もいない。
完全な“お忍び”だった。
王は小さく咳払いをする。
「ふむ。
別に怪しいことをするわけではない」
自分に言い聞かせるように呟いた。
「ただ……
少し気になっただけだ」
手に握られているのは、
小さな木の棒。
帰還の棒。
最近、城の中でも噂になっていた。
兵士が使っている。
職人も使っている。
農民も使っている。
さらには――
「腰が軽くなるらしい」
と聞いた瞬間。
王の心は大きく揺れた。
なぜなら――
王の腰は、最近ずっと重かった。
長時間の政務。
会議。
書類。
玉座。
「……王だって疲れるのだ」
誰も聞いていないのに、
小声で言い訳をした。
王は静かな部屋へ入る。
扉を閉める。
「よし」
帰還の棒を床へ置いた。
「確か……こうだったな」
足を乗せる。
コロ……
コロ……
「…………」
もう一度転がす。
コロ……コロ……
王の目が、ゆっくり見開いた。
「……おお?」
さらに転がす。
コロコロコロ……
「これは……」
王は驚いた顔で言った。
「効くではないか!!」
思わず声が大きくなる。
慌てて口を押さえる。
「いかんいかん……」
王なのに、完全に楽しそうだった。
「確か……脚にも使えるとか」
王は椅子に座り、
ふくらはぎへ棒を当ててみる。
コロ……
コロ……
「ほぉ……」
さらに転がす。
コロコロ……
「……これは良い」
完全に気に入った。
「うむ」
王は真顔で頷いた。
「国宝にしてもよい」
その時――
コンコン。
扉が叩かれた。
王は固まる。
「……陛下?」
側近の声。
「そこにいらっしゃいますか?」
王は慌てて棒を隠す。
だが――
足元の棒を踏んだ。
コロッ
「うわっ」
王は盛大にバランスを崩した。
ドンッ!!
「陛下!?」
扉が開く。
床に座り込んだ王と、
その横に転がる――
帰還の棒。
沈黙。
王は咳払いをした。
「……実験だ」
「は?」
「国の健康政策のための、
重要な検証である」
側近は少し考えたあと、
「……なるほど」
と言って頭を下げた。
だが小さく呟く。
「楽しそうでしたね」
王はそっぽを向いた。
「……効く」
数日後。
調律所に、王城から連絡が届く。
「陛下より伝言です」
使者が読み上げる。
『帰還の棒は素晴らしい。
王城にも数本追加せよ』
ユウトは目を丸くした。
「え……王様が?」
ミリアは驚きながら笑う。
「もしかして……使ったんでしょうか」
リュウは静かに言った。
「……間違いなく使ってるな」
三人は顔を見合わせ、
そして――
笑った。
こうして。
帰還の棒は、
兵士から始まり
城下町へ広がり
そして――
王の腰まで救った。
小さな木の棒は、
静かにこの国の文化になり始めていた。




