薬草の行き場所 ― そして、新しい発想へ
調律所の一角には、
乾燥させた薬草が山のように積み上がっていた。
「……多いな」
リュウは腕を組み、素直な感想を述べた。
「ですね……」
ミリアも困った顔で見上げる。
ミリアの父、森の薬草師から譲り受けた――
いや、押し付けられた大量の薬草。
もちろん、ただの雑草ではない。
それぞれ薬効も香りも異なる、貴重な素材たち。
ユウトは机に座り、
一つひとつ香りを確かめながらメモを取っていた。
「これは……リラックス向き。
こっちは……鼻に抜ける感じが強すぎて使いにくいな」
数日かけて試した結果――
「アロマとして使えるのは……
このあたり、数種類だけですね」
ミリアがまとめてくれる。
「全部は、難しいか……」
ユウトは少しだけ肩を落とした。
香りが強すぎて向かないもの
煙の匂いが残りすぎるもの
そもそも乾かすと匂いが消えるもの
当然といえば当然だった。
「残りの薬草……どうします?」
ミリアが不安そうに尋ねる。
リュウは薬草の山を見ながら、ぼそっと言った。
「……正直、この量は管理しきれん」
「だよね」
ユウトは笑う。
「医局に渡そう。
いや、正確には――譲ろう」
「いいんですか?」
「もちろん。
薬草は医局の専門分野だからね。
俺たちが抱え込むより、
ちゃんと使ってくれる人のところへ行った方がいい」
それは、
ユウトが異世界へ来てから染みついた考え――
“得意な人が得意なことをやるのが、一番良い”だった。
王城の医局。
薬草の香りが漂い、
学術書が積まれた机が並んでいる。
以前より、
ここに足を運ぶときの空気は柔らかくなっていた。
「これは……ユウト殿」
出迎えたのは、穏やかな目をした中堅の医師。
あの日の公開検証以降、
医局内も大きく割れ、
今は慎重に距離を測り直している最中だった。
「薬草を、ですか?」
「はい」
ユウトは笑顔で布袋を差し出す。
「ミリアの家から分けてもらったんですが、
うまく使いこなせなくて。
よければ、こちらで活用していただければと思って」
医師は驚き、そして表情を和らげた。
「……ありがとうございます。
むしろ、我々こそ申し訳ない。
あの一件以来、説明不足や、頭ごなしに否定したことを反省しておりました」
「こちらもです」
ユウトは素直に頭を下げた。
「俺たちだって万能じゃない。
戦場での怪我なんて、とても対応できません。
医局の力は必要です」
その言葉に、医師は静かに頷いた。
「いつか――
互いの知識が補い合える日が来ると良いですね」
「きっと、来ますよ」
自然に、そう言えた。
医局の奥で、別の医師が苦笑していた。
「しかし……薬草はすでに、
保管庫が埋まるほど集まっていてですね」
「え?」
リュウが眉を上げる。
「戦争の備え、そして流通の影響で、
一定量以上の薬草は行き場がなく……
余らせてしまうこともあるのです」
ミリアが不安げに言う。
「余らせると、ダメになっちゃいますよね……?」
「ええ。
乾燥させても限界があります」
ユウトは静かに思考を巡らせた。
(調律所でも使い道がない
医局でも余ることがある
でも、貴重な資源ではある)
(だったら――
もっと違う形で活かせないか?)
そんな中――
香りのよい薬草の束が、
ふわりと風に揺れた。
心を落ち着かせる、柔らかな香り。
ユウトの脳裏に、
ふっと浮かぶ映像がある。
(……日本の銭湯で見た、薬湯)
(湯に薬草を入れて――
香りと成分を、身体で感じるやつ)
(もし、この世界でも――)
そこまで考えて、
ユウトは小さく首を振った。
(まだ早い。
まずは、医局と正式に相談してからだ)
そして――
この瞬間の思いつきが、
後に国を温める文化を生む など、
このときはまだ誰も知らなかった。
医局を出た三人は、
城の回廊をゆっくり歩いていた。
「今日は……なんだか、うまく話せましたね」
ミリアが嬉しそうに笑う。
「ああ」
リュウも珍しく柔らかい表情だった。
「敵じゃなくて、
“立場の違う味方候補”って感じだったな」
「そうなるといいね」
ユウトは空を見上げる。
「調律所も、神殿も、医局も。
やり方は違っても、
“人を救いたい”って気持ちは同じだから」
三人の歩く影が、
夕焼けに長く伸びていた。




