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三方良しの萌芽 ― 湯と薬草と祈りと

夕焼け色の廊下を歩きながら、

ユウトの頭の中には――

さきほど医局で見た、香り立つ薬草の束が浮かんでいた。


(湯に入れて……

温かい蒸気と一緒に香りが広がって……

身体も心も落ち着く)


(日本の銭湯で浸かった、あの薬湯……

あれって、すごく理にかなってたんだな)


無意識に口元が緩む。


「ユウトさん?さっきからニヤニヤしてますけど……?」


ミリアが不思議そうに覗き込む。


「ん?……ああ、ちょっと思いついてね」


「嫌な予感しかしない」


「いや今回は真面目だって!」


ユウトは立ち止まり、二人を振り返った。


「薬草って、飲んだり塗ったりするだけじゃなくて、

湯に入れて香りや成分を湯気と一緒に感じる――

そういう使い方もあるんだ」


「湯に……?」


ミリアが首をかしげる。


「身体を温めながら、香りで心を落ち着かせる。

俺のいた世界では“薬湯”って呼ばれててさ」


「……悪くないな」


リュウの声は静かだった。


「湯は誰でも入る。

特別な技術もいらねぇ。

怪我にも干渉しない」


「でしょ?」


ユウトは頷く。


「ただ――

成分の安全性や注意点は、俺じゃ判断できない」


「だから医局と組む、と」


「そう」


ユウトは少し笑った。


「そしてもう一つ。

湯って、心もほぐれるんだ」


「心……?」


ミリアが瞬きをする。


「この世界で“悩みや不安”って言うんだよね。

俺の世界ではそれを“ストレス”って呼んでた」


「スト……レス……?」


「そう。

それが溜まると、身体までつらくなることがある」


ミリアは小さくうなずく。


「……なんとなく、分かります」


「神殿の祈りってさ。

心を落ち着かせるためのものなんだよね?」


リュウが腕を組む。


「つまり――

神殿にも役割があるってことか」


ユウトは頷いた。


「湯に浸かって、

香りに包まれて、

壁には神殿の絵が描かれてて……

そこで祈りを捧げられる」


ミリアの目がぱぁっと輝く。


「お風呂と祈りが、一緒に!?」


「うん。

身体も、心も、両方楽になる場所」


「……面白い」


リュウが言った。


「戦でも病でもなく

“日常の平和”を守る仕組みか」


「そういうの、好きです」


ミリアは笑う。


「人が笑って過ごすための場所って、優しいですよね」


その言葉に、

三人は自然と同じ方向を向いた。


翌日。


調律所と医局の代表が

一つの机を囲んで座っていた。


「湯に薬草を入れる、か」


医局の年配医師は、顎に手を当てた。


「理屈としては、確かにあり得る。

香り成分、湯気、温熱効果……

ただし分量と組み合わせは検証が必要だな」


「お願いします」


ユウトは深く頭を下げる。


「俺では判断できない。

これは、医局の力あってこそ成り立つものです」


医師は優しく微笑んだ。


「……最近、城に笑顔が増えました。

調律所のおかげでしょう」


「いえ。

俺たちだけじゃ無理でしたよ」


自然と、そう言えた。


「ならば――

一緒に作りましょう」


「ありがとうございます」



白い大聖堂。


以前よりも、

そこに漂う空気は柔らかかった。


「湯に浸かりながら、心を落ち着かせる場……」


大神官は静かに目を閉じた。


「祈りとは、

心の乱れを鎮め、

神と静かに向き合う行い」


そして――


「それが叶う場であるならば、

神殿としても力を貸そう」


ミリアが嬉しそうに手を叩く。


「壁画とか、宗教絵画とかどうですか!

お風呂の壁に、神々の絵を!」


「……風呂に神の絵か」


大神官は少し苦笑しながらも、頷いた。


「しかし、悪くない。

人は身も心も裸になる場所でこそ、

真に素直な祈りが生まれる」


その言葉に、ユウトは胸が温かくなる。


(この世界でも――

“心の健康”って、ちゃんとあるんだ)



調律所

体の“道”を整える技


医局

薬草と安全性の知識


神殿

心を落ち着かせる祈りの場


それぞれの役割が、

ようやく――

噛み合い始めていた。



「ところでユウトさん」


ミリアが手を挙げる。


「この場所、なんて呼ぶんですか?」


「ああ、それね」


ユウトは少し照れた笑みを浮かべた。


「俺の世界では――

“銭湯”って呼ばれてた」


「せんとう?」


「みんなで入る湯屋。

でも、この世界版は――」


リュウが静かに言葉を継いだ。


「“心身調える湯屋”ってところか」


「いいですね、それ!」


三人は顔を見合わせ、笑った。


この計画はまだ始まりにすぎない。



建設の段取り


薬草の調合


壁画の制作


安全面の検証


やることは山ほどある。


だが――


人々を救いたいという想いは同じ。


その想いが、

今ようやく一つになり始めていた。




そして、


この“薬湯”は後に――

王都だけでなく地方の村にも広がり、

国の文化として定着していくことになる。


そのことを、

今はまだ誰も知らない。

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