調律所と薬草 ― 新しい使い道を探して
ミリアの実家から戻った翌日。
調律所の机の上には、
山のような薬草の束が積み上げられていた。
乾燥した葉。
鮮やかな色の花。
根っこの塊。
瓶に入れられた種。
机が、半分埋まっている。
「……多いな」
リュウが低い声で呟いた。
「“少しでいい”って言ったのにな。
“若者に援助できるのは親の務めだ!”って、
樽ごと渡されちゃって……」
ミリアは苦笑していた。
「お父さん、押しに弱いけど押しも強いんですよね……」
ユウトは腕を組み、山を眺める。
(……どうしよう)
「でもさ」
ユウトは素直に口にした。
「これ、俺たち……正直、扱いわからないよね」
リュウが即座にうなずく。
「薬草は医局の専門だ。
間違った使い方したら危険だしな」
「ですよね……」
ミリアもしゅんとする。
「医局の先生たち、薬草の配合とか保存とか、
本当に細かく見てましたし……」
ユウトは机に両手をつき、ため息をついた。
「調律所の仕事ってさ。
“身体の流れ”を整えたり――
ミリアの魔法で補助したり――
そういうところだよな」
リュウも同意する。
「切り傷や病気は医局の仕事だ。
線は引いとかないと、かえって迷惑になる」
「……だよね」
薬草の山は、
ありがたいが扱いに困る贈り物だった。
「このまま取っておいても、
乾いちゃったり、ダメになっちゃいますよね……」
「だな」
ユウトはぽつりと思った。
(結局――
医局に渡すべきなんだろうな……)
だが、その時だった。
「この花……」
ふと、ミリアが手に取ったのは
薄紫の小さな花束。
「いい匂いしますよ!」
「どれどれ?」
ユウトも鼻を近づける。
「――あ、いい香りだ」
甘すぎず、
落ち着くような匂い。
頭と胸の奥が、
すっと静まる感覚がした。
「これ、疲れたときに嗅ぐと落ち着くって、
お母さんが言ってました」
リュウも試してみる。
「……確かに悪くないな。
鋭い匂いじゃなくて、柔らかい」
ユウトの中で、
ひとつの記憶がよみがえる。
(そういえば――
俺の世界でも、
香りを楽しむ文化があったな)
眠る前、
リラックスしたいとき、
集中したいとき――
香りで気持ちを整える方法。
(……あれ、なんだっけ)
言葉が喉元まで出かかる。
「えっと……」
ユウトは指を立てた。
「俺の世界ではさ、
香りを楽しんで、気持ちを落ち着けたりする文化があって」
「気持ちを……?」
ミリアが首を傾げる。
「うん。
悩みとか、不安とか……
そういう“心のざわつき”を静めるんだ」
ユウトは続けた。
「俺の世界では、それを――
アロマって呼んでた」
「アロマ……?」
ミリアがゆっくり口にする。
リュウも反芻した。
「妙な音の言葉だが……
意味は分かりやすいな」
「そう。
香りを使って、心を整える方法」
ユウトは机を軽く叩いた。
「この世界では“肩の呪い”とか、
“胸の重り”とか言われてるけどさ……」
ミリアがうなずく。
「実は、心の問題も混ざってる……ってことですか?」
「そうだと思う」
ユウトは優しく言った。
「不安とか、悩みとか……
俺の世界では、それを“ストレス”って呼んでた」
「すとれす……」
初めて聞く言葉に、
ミリアは小さくつぶやいた。
「悩みや不安が重なると、
身体の調子も悪くなるんだ」
「それは……分かる気がします」
リュウも静かに同意した。
「夜、眠れなくなるやつだな」
「うん。
だから――」
ユウトは紫の花束を見つめる。
「これ。
心を落ち着ける手伝いになるかもしれない」
「やってみようか」
ユウトは微笑んだ。
「この香りを、
調律所で試してみるんだ」
「えっ、でも――
本当に意味ありますかね……?」
ミリアは不安そう。
だが、ユウトは首を振った。
「意味があるかどうかは、
やってみなきゃ分からない」
リュウも肩をすくめる。
「害はなさそうだしな。
やるだけやってみるか」
三人は香りのよい薬草を集め、
小さな布袋に詰めた。
机の上に並ぶ、香る小袋。
「なんか、お守りみたいですね!」
「確かに」
ミリアは少し楽しそうに笑った。
その日、調律所を訪れたのは
眠りが浅く、胸がざわつくという女性だった。
「夜、考え事をしてしまって……
胸が落ち着かないのです」
ユウトは、静かに香る小袋を差し出した。
「これを、寝る前に近くに置いてみてください。
香りを吸い込むように、ゆっくり息をして」
「香り……ですか?」
「はい。
心を、静める助けになります」
女性は不思議そうにしながらも、
小袋を胸に抱いた。
「……落ち着く匂いですね」
その瞬間――
ミリアは、はっと気づいた。
(これは……
祈りに近いかもしれない)
静かに目を閉じ、
呼吸を整え、
心を静める。
神殿での祈りと似ている。
数日後。
その女性が再び調律所を訪れた。
「……以前より、眠れるようになりました」
穏やかな笑みで、
そう言った。
ミリアの胸が温かくなる。
「よかった……!」
リュウも言う。
「身体だけじゃなく、
心にも働くわけか」
ユウトは静かに頷く。
(“香り”は、心に届く)
(心が落ち着けば、身体の緊張もほどける)
それは――
調律所がまたひとつ、
新しい扉を開いた瞬間だった。




