ミリアの実家に招かれる
城下町の一角。
石畳の通りを抜けた先に、
一軒だけ 家の周囲が完全に森みたいになっている家 があった。
「ここが、私の家ですっ!」
ミリアが胸を張る。
「庭……庭ってレベルじゃないな……」
ユウトは、家の壁を覆うツタや
天井から吊るされた草束を見上げる。
リュウは真顔で呟いた。
「植物に飲み込まれかかってる家だな」
「飲み込まれてませんよ!
お父さんが育ててる薬草なんです!」
そう言って扉を開けると――
「おーい、ミリアか?」
柔らかな声が家の奥から聞こえた。
現れたのは、
少し無精ひげの残る、
穏やかな目をした中年の男性。
「ただいま戻りました、お父さん!」
「お帰り。……その二人が、噂の“調律所”の人だな?」
ユウトとリュウは軽く頭を下げる。
「ユウトです。お世話になっております」
「リュウだ。娘がお世話になってるらしいな」
ミリアの父は目を細めた。
「こちらこそ。
うちの娘は昔から落ち着きがなくてな」
「お父さんっ!?
今はけっこう落ち着いてます!」
「転ぶ回数が減っただけじゃないのか?」
「リュウさんまで!」
家の中は――
干した薬草の香りで満ちていた。
苦い香り
甘い香り
爽やかな香り――
いくつもの香りが重なり合いながら、
不思議と落ち着く空気を作っている。
「ここにあるのは、全部薬草ですか?」
ユウトが尋ねると、父はうなずいた。
「そうだ。
戦で怪我をした者、長旅で衰弱した者……
昔から、頼まれれば分けてやっている」
リュウが棚を眺める。
「相当な種類だな。
城でもこれほど揃ってはいないだろう」
「医局ほど体系化はされていないがな。
それでも――
人を助けたいという気持ちは同じだ」
その言葉に、
ユウトは少し胸が温かくなった。
(やっぱり“医局=敵”じゃないんだよな……
同じ方向を向いてる人も多い)
父は、奥の棚から
大きな麻袋を三つ 取り出した。
「よかったら、これを持っていきなさい」
「え?こんなに!?」
ミリアが目を丸くする。
「娘がお世話になっている礼だ。
それぞれ――
痛みや疲れを和らげたり、
身体を温めたりする作用がある」
麻袋を受け取った瞬間――
どっさぁ
リュウの腕が、ずしりと沈んだ。
「……重い」
「ご、ごめんなさいリュウさん!
お父さん、少しでいいのに……!」
「少しのつもりだが?」
「絶対“少し”じゃないよな」
ユウトも苦笑する。
袋からはほんのりと
森のような香りが漂ってくる。
「で、これはどうやって使うんだ?」
リュウが父に尋ねる。
「煎じて飲む。
もしくは塗り薬として練る」
「全部、か?」
「作用が違うからな。
状況で分ける」
「……覚えられる気がしない」
リュウは本気で困っていた。
「俺、針だけでも手一杯なんだが……」
「だ、大丈夫です!
私が覚えますからっ!」
「いやお前、転ぶだろ」
「転びながら覚えます!!」
「覚える前に袋を落とす未来が見える」
「ひどいです!」
わいわいとしたやり取りを見て、
父は嬉しそうに笑った。
(……薬草、温める作用……
血の巡りを良くする……)
ユウトの頭に、
ふと“ある記憶”が浮かぶ。
(俺の世界には――
お湯に薬草を入れて浸かる文化があったな)
(香りと温かさで身体をほぐす。
心も落ち着く。
あれは理にかなってた)
まだこの世界には、
“湯に薬草を入れる”文化はない。
でも――
(これだけ薬草があるなら、
きっと役に立つはずだ)
静かに、その発想を胸にしまう。
(いつか……機会が来たら提案してみよう)
その夜。
父の手料理を囲み、
四人はテーブルを囲んだ。
「ミリアは小さい頃から、
人を助けることが好きでした」
「えっ、そ、そんなことないです!」
「困ってる猫を家に連れ帰ってきたりな」
「わああああ言わないでください!!」
「かわいいな」
「リュウさんまでぇ!!」
笑い声が重なる。
ユウトは、
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(転生してから、ずっと働きっぱなしだったけど……
こういう時間も、ちゃんと大事にしないとな)
帰り道。
背中に薬草の袋を担ぎながら、
リュウがぼそっと言った。
「……悪くない家族だな」
「うん。あったかいね」
ミリアは少し照れながら言った。
「お父さん、すごい優しいんですよ。
本当は――
私が魔法の才能ないって知ってても、
一度も責めたことなくて……」
「才能はあるよ」
ユウトは笑う。
「今はまだ小さいだけで、
君はちゃんと“人を楽にする力”を持ってる」
ミリアは、
思わず空を見上げた。
「……そうだと、いいなぁ」
その隣で――
ユウトは心の中で誓っていた。
(薬草も、針も、調律も。
それぞれの知識を、ちゃんと繋げていこう)
(その先で――
“薬湯”も、きっと意味を持つ)
静かで、でも確かな前進だった。
その夜、
調律所は薬草の香りで満たされた。
「……寝付き、良くなりそうだな」
リュウが言うと
「それ、いいことですよ!」
ミリアが笑う。
ユウトも、
同じ香りを胸いっぱいに吸い込みながら思う。
(ここから、また一歩だな)




