王城の外へ ― 異世界の町並み
調律所が本格稼働しはじめて、数日。
昼過ぎに仕事が一段落すると、
リュウがふいに言った。
「なあユウト。
少し城下に降りてみないか?」
「城下……?」
「そう。
お前、こっちに来てから
まともに町を歩いてないだろ」
「……言われてみれば」
転生してすぐ捕らえられ、
牢獄でリュウと出会い、
調律所が始まってからは
忙しさに追われていた。
城の外――
この世界の「日常」を
まだ一度も見ていない。
「わ、私も行きたいです!」
ミリアがぴょんっと手を上げる。
「もちろんだ。
三人で行こう」
王へ簡単な許可を取り、
三人は久しぶりに
“仕事ではない外出”に出ることになった。
城門を抜けた瞬間――
ユウトの目に広がる光景は、
まるでファンタジーゲームの世界そのものだった。
石畳の大通り。
両脇には木と石の商店が立ち並び、
露店では香辛料や焼き菓子の匂いが漂っている。
「うわぁ……」
自然に、声が漏れた。
「すごい……
これが、この世界の町なんだな……」
ミリアが胸を張る。
「どうですか!?
私たちの国、けっこう賑やかでしょう!」
「いや、ほんとに……
RPGのスタート地点って感じで」
「アール……?」
「ううん、なんでもない」
人々の声。
子どもたちの笑い声。
活気のある市場の呼び込み。
――温かい“生活の音”が満ちていた。
ユウトは、ある違和感に気づいた。
(……耳が長い?)
パン屋の店主は、
人間より少し背が低く、
耳が尖っている。
(あっちの鍛冶屋さんは――
耳が丸くて、身体が大きい……
人間じゃない種族だよな)
リュウが気づいて、隣で言う。
「この国には、人族だけじゃない。
森の民、山の民、獣人……
いろんな種族が暮らしてる」
「昔は軋轢もあったらしいですけど……
今はだいぶ落ち着いてきてるんですよ」
ミリアが説明する。
「お互いに得意分野が違うから、
支え合った方が上手くいくって」
「……なんかいいな、それ」
ユウトは思う。
(種族が違っても、
一緒に暮らす世界なんだ)
(それって――
俺たちが目指してる“調律所の形”と
少し似てる気がするな)
三人は屋台をめぐる。
「焼き果実どうだい!
甘いぞ!」
「わ、わ、甘い匂い!!」
ミリアが真っ先に釣られた。
「ひとつください!」
「二つで半額だよ!」
「じゃあ二つください!!」
「……完全にカモにされてるな」
リュウが呆れつつも笑う。
ユウトもひとくち貰った。
「おお……りんご飴みたいだ」
「りんご……?」
「あ、いや、日本のお菓子」
「ニホン……」
ミリアは楽しげに繰り返す。
「ユウトさんの世界、
いつか見てみたいです!」
「俺も、もう一回ちゃんと見てみたいよ」
自然と笑顔がこぼれた。
ふと見ると、
小さな獣人の子が、
荷車の影で膝を抱えていた。
「……どうしたの?」
ユウトがしゃがんで声をかける。
「……転んだ……」
膝が少し擦りむけている。
ユウトは反射的に覗き込み――
そして、そっと手を置いた。
「少しだけ触るよ」
痛みを減らす方法を、
できるだけ刺激を与えずに。
子どもの表情が、
少しずつ柔らかくなる。
「もう、大丈夫……」
子は立ち上がり、
ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう」
そして駆けていった。
それを見ていた露店の老エルフが、
静かに笑う。
「いい手つきだね、旅の兄ちゃん」
「旅……ではないですけどね」
「優しく触れる手は、
神が与えた祝福さ」
ユウトは照れくさく、
頭をかいた。
(……この世界にも、
優しさってちゃんと伝わるんだな)
夕暮れ。
三人は城へ戻る坂道を歩く。
「楽しかったです!」
ミリアは満足げに笑う。
「俺も。
なんかやっと――
“この世界に来た”って実感した」
リュウが横目で見る。
「不安は、ないのか?」
「……あるよ」
ユウトは正直に言った。
「でも――
この世界の人たちが
普通に生きて、笑ってて」
「少しでも、その役に立てるなら
ここでやっていけるって思う」
ミリアが、嬉しそうに微笑む。
「ユウトさんは、やっぱり優しいですね」
「いや、普通だよ」
「普通は牢に入ったあと王城の医務を任されない」
「それはそう」
三人の笑い声が、
夕暮れの道に溶けていった。
その夜。
城のバルコニーで、
ユウトはひとり星空を見ていた。
(地球の星空とは違うのに……
なんか落ち着くな)
そこへリュウが現れる。
「眠れないのか?」
「ちょっとね」
並んで空を見る。
「この世界――
悪い場所じゃないよな」
「そうだな」
リュウは短く答える。
「だから守りたいんだろ、お前は」
「……うん」
ユウトは頷いた。
「俺がここに来た意味、
きっとあると思うから」
静かな夜風が吹き抜けた。
城下では人々が笑い、
夜空には星が瞬く。
明日もまた、
調律所には人が訪れ――
新しい物語が
少しずつ動き始めていく。




