医局の逆襲 ― “治らぬ者”を連れて(続き)
王の前で、医師の言葉が静かに響く。
「調律所の技は、万能ではなく、
民全体に広めるには危険がある」
その結論を、誰も軽々しく否定できなかった。
――それほど、民の心は揺れていた。
王城の外へ帰っていく人々の表情は、昨日とは違っていた。
「少しは良くなるのかもしれんが……」
「完全に治るわけじゃないんだな」
「結局、神殿や医局に頼るしかないのか……」
失望とも、安堵ともつかない空気。
調律所へ向けられていた期待は、
ほんの少し――だが確かに、色を失っていた。
その日の夕暮れ。
三人は、誰もいなくなった調律所の部屋にいた。
張りつめた沈黙を破ったのは、ミリアだった。
「……私たち、間違ってるわけじゃないですよね……?」
声が震えている。
リュウは短く息を吐いた。
「間違ってはいない。
ただ、向こうは“舞台づくり”が上手い」
ユウトは黙ったまま、先ほどの患者を思い返していた。
(肩の高さ……腕の角度……息の入り方……
確かに、少しは変化していた)
(でも、“一度で完璧に”という基準では、評価されない)
ゆっくりと椅子に腰を下ろし、天井を見上げる。
「……悔しいけど、
今のやり方じゃ勝てないな」
リュウが横目で見る。
「ようやく自覚したか」
ミリアは小さく首をかしげた。
「勝つ、って……
誰と戦ってるんでしょう……?」
ユウトは少し考えてから、静かに答える。
「“考え方”だよ」
「考え方……?」
「医局は――
『治らないものは治らない』
って前提で世界を見てる」
ユウトの声は静かだった。
「俺たちは――
『動く余地があるなら、探してみる』
って前提で見てる」
その差は、
小さいようで――決して埋まらない。
同じ頃。
医局の一室では、
数名の宮廷医師が集まっていた。
「本日の検証――
陛下は確定的な判断を避けられたが……」
「民の空気は動いた。
“万能ではない”と理解しただろう」
「それで十分だ」
誰一人、声を荒げる者はいない。
ただ淡々と、事実だけが並べられる。
「調律所が過度な期待の的になることが、
一番危険なのです」
「神殿も、その点では同意している」
「であれば――
我々が“現実”を示し続けるまでだ」
彼らに悪意は、ほとんどなかった。
ただ――守るものが違っただけ。
夜。
謁見の間に一人残った王は、
長い沈黙の中で目を閉じていた。
(医局の理屈も理解できる)
(しかし――
調律所の技がもたらす光も、
確かに見た)
王は呟く。
「どちらかを切り捨ててはならぬ……
だが、この対立は
やがて国を割るぞ……」
重い決断は、まだ下せない。
調律所の灯は、まだ消えていなかった。
ミリアがぽつりと言う。
「……もし、また同じことがあって、
“少ししか変わらない”って言われたら……
どうしますか?」
ユウトは答えない。
代わりに、質問を返した。
「ミリア。
今日の女性――
少し軽くなったって、言ってたよな?」
「はい……」
「その“少し”は、
無意味だったと思う?」
ミリアは――強く首を振った。
「思いません!」
声が震えながらも、はっきりしていた。
「だって……
あの人、泣きそうな顔で……
“少しだけど、楽になりました”って……」
リュウも小さく笑う。
「なら、その“少し”を積み重ねればいい」
ユウトは静かに言った。
「でも――
“結果は一度で”っていう舞台では、
それは評価されない」
「だからこそ」
ユウトは拳を握る。
「“舞台”そのものを変えるしかない」
その言葉は、
三人の心にゆっくり落ちていった。




