医局の逆襲 ― “治らぬ者”を連れて
公開検証が「不成立」という形で終わった翌日。
王城の空気は、張りつめたままだった。
神殿は表立った動きを見せず、
だが医局は違った。
朝の謁見。
宮廷医師団の代表が、深く一礼して口を開いた。
「陛下。
昨日の件につき、医局から一つ、提案がございます」
王は静かに頷く。
「申せ」
「調律所の技が“条件付きであれば意味を持つ”という主張は理解しました。
しかし、それでは民は混乱いたします」
医師は淡々と続ける。
「そこで――
医局が長年把握している症例を用い、
改めて確かめていただきたいのです」
ユウトは、嫌な予感を覚えた。
「医局が把握している……症例?」
「はい」
医師は迷いなく言い切る。
「祈祷でも、薬でも、休養でも改善しなかった者。
原因不明。
体質によるものと判断されてきた者です」
ざわめき。
それは、
“最初から良くならないとされてきた人間”
という意味だった。
連れてこられたのは、
壮年の女性だった。
背は伸びているが、
首から肩にかけて、明らかに動きが固い。
「この者は、数年前より腕が上がらなくなった」
医師が説明する。
「戦傷ではない。
呪いの痕跡もない。
骨にも異常は見られぬ」
「では原因は?」
王の問いに、医師は首を振った。
「不明です。
よって――
治らぬものとして扱われてきました」
その言葉に、民の間から小さなどよめきが起こる。
「治らぬ……」
「最初から無理だということか……」
ミリアの指が、ぎゅっと握られる。
「……そんな……」
医師は続ける。
「もちろん、昨日の反省を踏まえ、
針も魔法も禁じません」
ユウトは、一瞬だけ安堵しかけたが
次の言葉で、それが罠だと悟った。
「ただし」
医師は穏やかに告げる。
「一度の対応で、明確な変化が見られるかを基準とします」
「……一度で?」
「はい。
長年治らなかったものが、
一度で変わるなら――
それは本物でしょう」
その理屈は、一見公平だった。
だが実際は――
最も結果が出にくい条件だった。
(段階を踏む必要がある状態を、
一度で証明しろ……か)
リュウも察している。
「……随分、都合のいい基準だな」
医師は肩をすくめる。
「医局としては、
民に“過度な期待”を抱かせぬためです」
それは、
期待を潰すための言葉だった。
ユウトは女性の前に立ち、
静かに観察する。
首の動き。
肩の位置。
呼吸の浅さ。
(……昨日の男性と同じだ)
(力が出ないんじゃない。
伝えたい動きが、途中で止まっている)
ユウトは、慎重に言葉を選ぶ。
「……この方は、
筋肉や骨の問題ではありません」
医師が即座に反応する。
「では何だと言うのです?」
「身体の中で、
“意志が通る道”が、うまく働いていない」
医師の眉が寄る。
「また、見えぬ理屈ですか」
ユウトは一歩も引かない。
「神殿では、
神の意志が身体を巡る“道”があると教えていますよね」
医師は鼻で笑った。
「信仰の比喩でしょう。
医術の話とは別です」
そこに、
決定的な断絶があった。
ユウトは、
できる限りのことをした。
触れ、動きを確かめ、
わずかな変化を引き出す。
だが――
「……腕は、上がりませんね」
医師が冷静に告げる。
女性は、悔しそうに俯いた。
「……少し、軽くは……なりました……」
「“少し”では意味がありません」
医師はきっぱり言った。
「医局としては、
改善なしと判断します」
ざわめき。
民の顔に、失望が広がる。
「やはり……無理なのか……」
「一部の人にしか効かないのでは……」
ミリアの目が潤む。
「……そんな……」
だがユウトは、歯を食いしばりながらも、冷静だった。
(分かってる)
(これは“失敗させるための舞台”だ)
医師は、王に向き直る。
「陛下。
昨日の患者、本日の患者。
いずれも“結果は限定的”でした」
「よって――」
一呼吸置き、
「調律所の技は、
万能ではなく、
民全体に広めるには危険がある」
その言葉は、
調律所を縛るための結論だった。
王は、まだ何も言わない。
ユウトは、心の中で確信していた。
(次がある)
(“道”の話を、もっと深く、
誰にでも分かる形で示さなきゃならない)
この失敗は、
終わりではない。
反撃のための、前段階だった。




