仕組まれた患者 ― 失敗を誘う罠
公開検証当日。
王城の大広間には、
神官、宮廷医師、騎士、文官、そして多くの民が集められていた。
ざわめきの中心には、
白布を敷いた簡易の台と、
その前に並ぶ二つの陣営――
神殿と医局、そして調律所。
「これより、調律所の技が真に人の不調を和らげるものか、
公開の場で確かめる」
大神官の声が高く響く。
「患者は、神殿と医局が選定した者だ。
条件は公平――
誰の目にも明らかな形で行われる」
その言葉に、
ユウトはわずかに眉をひそめた。
(“選定した”……そこが一番怪しい)
連れてこられたのは、
痩せた中年の男だった。
杖をつき、
一歩ごとに顔を歪めている。
「この者は、長年“呪い”に苦しんできた」
大神官が説明する。
「脚が痺れ、力が入らず、
痛みが昼夜を問わず続く」
宮廷医師が続けた。
「薬草、祈祷、安静。
あらゆる手を尽くしたが、改善は見られなかった」
どよめき。
民の多くが、
“これは無理だ”
という表情を浮かべている。
ミリアが小さく囁いた。
「……これ……
すごく、つらそうです……」
「だな」
リュウも低く答える。
ユウトは男の歩き方、
脚の運び、
呼吸の浅さを、
じっと観察していた。
(……おかしい)
大神官が告げる。
「検証にあたり、条件を設ける」
嫌な予感。
「針の使用は禁止。
魔法の使用も、最小限に限る」
「……なに?」
ミリアが思わず声を上げた。
大神官は淡々と続ける。
「危険性を排除するためだ。
身体に触れる行為のみを許可する」
宮廷医師が補足する。
「薬も不可。
“純粋に調律所の技のみ”で行ってもらう」
ユウトは、内心で舌打ちした。
(最初から“できない条件”を重ねてる)
リュウも、はっきり分かっていた。
(俺の針を封じ、
ミリアの魔法も縛る……
失敗させる気満々だ)
「では、始めよ」
王の許可で、検証が始まった。
ユウトは男の前に立ち、
ゆっくりと膝をついた。
「……少し触れます」
男は、不安そうにうなずく。
ユウトは脚、腰、背中へと手を当てる。
(筋肉だけじゃない……
反応が、途切れてる)
触れた瞬間、
“流れ”が途中で切れている感覚。
リュウも気づいていた。
「ユウト……これ……」
「ああ……」
ミリアは何も言えず、
ただ唇を噛んでいた。
ユウトは、慎重に男を立たせる。
「……立てますか?」
男は、脚に力を入れようとする。
――だが。
「……っ!」
崩れ落ちそうになり、
近衛兵が慌てて支えた。
ざわめきが一気に広がる。
「やはり無理だ!」
「効果などないではないか!」
「神殿の言う通りだ!」
宮廷医師の一人が、勝ち誇ったように言う。
「見たか。これが現実だ」
だがユウトは、
敗北の顔をしていなかった。
(……これは“筋肉の問題”じゃない)
触れたときの感触が、
明らかに違った。
(伝わらない……
命令が、届いていない)
ユウトは、男の脚にそっと手を当てながら呟く。
「……これ……
“道”が、塞がれてる」
「道……?」
大神官が眉をひそめる。
ユウトは言葉を選び、
あえて深くは語らなかった。
「今の条件では……
できることが限られます」
宮廷医師が即座に突く。
「言い訳か?」
「違います。
ただ……」
ユウトは、王を見た。
「この方の不調は、
“力を出す側”の問題ではありません」
民がざわつく。
「……では、何だと言う?」
大神官の声が冷たい。
ユウトは、一度だけ深呼吸をした。
「……今は、
“伝わらない”とだけ言っておきます」
その言葉は、
神官にも医師にも理解できない。
だが――
王だけが、わずかに目を細めた。
大神官は、高らかに宣言する。
「よって、調律所の技は
少なくともこの患者には効果を示さなかった」
拍手すら起こりかける。
だが、その裏で――
ユウトは確信していた。
(この患者、
最初から“普通じゃない”)
(意図的に選ばれた……
今の条件じゃ、
“結果が出ない”人間だ)
リュウが、低く呟く。
「……罠だな」
ミリアは悔しそうに拳を握る。
「……でも……
あの人……
嘘、ついてません……」
「そうだ」
ユウトは、静かに言った。
「患者さんは被害者だ」
視線の先で、
宮廷医師が神官と小さく頷き合う。
罠は、確かに仕掛けられていた。
その夜。
調律所に戻ったユウトは、
古文書を広げ、ある言葉を指でなぞっていた。
「人の内を巡る経は、神の意志が通る道なり」
「……神の経路、か」
ミリアが首をかしげる。
「かみの……みち?」
「そのうち話すよ」
ユウトは静かに本を閉じた。
「次は――
“見えないもの”を、
ちゃんと“言葉”にしないとな」
こうして――
失敗は演出され、
本当の戦いはこれから始まる。




