【13】ノアの血痕と、リオの深まる疑惑。〜大天使に下った神の命〜
翌日。
イーサンがS.A.G.E.の自分のオフィスに向かう途中で、早速ヴィヴィアンに捕まった。
ヴィヴィアンはイーサンと共にDNAラボに入り、ドアを閉めると緊張した面持ちで言った。
「アーチボルドの車から出た血液サンプルは、劣化が酷くてまともな検査はほとんど出来なかった。
でもあの血液は確かに人間と、人間以外のものだったわ。
人間以外と言うと、サーストンに狩りの趣味でもあったのかと思うかもしれないけど──これは動物じゃない。
限りなく人間に近いけれど、それ以外のDNA配列が複雑に変化している。
だけどデータベースに、こんな配列のデータは無かった。
それに劣化していて、所々検出出来ない部分もあったから、今は何の血液なのか見当もつかないの」
「それで、人間の血の方はどうだった?」
ヴィヴィアンは複雑な表情を浮かべながら答える。
「比較的新しい血液が三種類あった。
DNA分析の結果、一人はデータベースには無い。
因みにアーチボルドの血液サンプルが無いから、彼のものかは分からない。
それと『リオ・ゴードン』とDNAが一致。
これはまあ予測の範囲よね。
だけど残りの一人が……」
「一人が?」
ヴィヴィアンはイーサンの目を真っ直ぐに見ると、きっぱりと言った。
「ノアのDNAと一致したの。
ノアはあの車に、流血した状態で乗車したことがあるのよ。
それで私考えたんだけど……病院の破裂事件の容疑者がまた一人増えたでしょ?
柄物スーツの男。
あの連中はまともじゃない。
もしかしてノアは、このグループから抜けたくてリンチか拷問を受けたのかも」
「だが、ノアと『リオ・ゴードン』は兄弟だ。
DNAが証明した。
血を抜かれてまず兄の心配をしていた人間が、その兄を拷問するか?」
「もしそれが芝居だったら?」
イーサンとヴィヴィアンの視線がぶつかる。
ヴィヴィアンは視線を逸らさずに言った。
「『リオ・ゴードン』の針だけは、使い回しの針じゃなかった。
抜かれた血だって、他の容疑者に比べれば少な過ぎる。
献血2回分も無くて、充分生きていられる量よ。
それにスザンナが聞いた犯人との会話も、生きた証人が出た時の保険かもしれない。
もし『リオ・ゴードン』が血を抜いた犯人達とグルで、ノアはそれを知らずに暴行されていたら?
連中に売り飛ばされたのかもしれないわ。
真実味を持たせる為に、ノアの目の前で『リオ・ゴードン』に吹き矢を刺して倒したのかも。
そして頃合いを見て『リオ・ゴードン』は芝居を止めて……そうね。
例えば同じように監禁されている女性達の前で、死んだように見せかけて解放されるはずだったのに、その前に女性が脱走して計画が狂った。
有り得ないことじゃないわ」
イーサンが頷く。
「確かに筋は通っている。
だが『リオ・ゴードン』が仲間だったとしても、ノアに暴行した犯人は歪んだ形でノアを愛していたからかもしれないが……血を抜いていた方の犯人の動機が分からない。
それに暴行犯と、血を抜いていた犯人と思われるクラブ・ジョーのオーナー、スティーブン・マーシーと会計士のティモシー・ローランの“仕事”ぶりは完璧だ。
『リオ・ゴードン』達とは天と地の差がある。
仲間がこんなにミスを連発していて、スティーブンとティモシーが黙っているとは思えない」
「それはそうね……。
でも!」
ヴィヴィアンが目を細めて考え込んでいたかと思うと、ぱっと目を見開いた。
「『リオ・ゴードン』とその仲間達は、スティーブンとティモシーから『ノアを拉致して暴行させる』という仕事を請け負っただけだとしたら?
女の子達から血を抜くのは別件で、『リオ・ゴードン』達は関係無い。
だけどノアを大人しくさせるのに、弟の『リオ・ゴードン』の存在は利用出来る。
だから納得ずくで血を抜かせた!」
イーサンのアイスブルーの瞳が、ナイフのようにギラリと光る。
「今までの話は推測に過ぎない。
やはり『リオ・ゴードン』を見つけ出すのが近道のようだな」
ヴィヴィアンが力強く頷く。
「ええ、同感よ」
一方、セレニスにあるイレイナの壮麗な屋敷のロココ調に統一された豪華なリビングでは――
「イレイナ、協力してくれて本当にありがとう」
リオが心から頭を下げると、イレイナはそっぽを向いて深いため息をつき、くるりと視線を戻して鋭くリオを睨みつけた。
「仕方ないでしょ!
あんた達がまたヘマをして、今度は警察無線で『キャデラック・エメラルド1967年型を発見次第、問答無用で連行しろ』なんて流れてたのを耳にしたって言うんだから!
――で?
ちゃんと私が渡したナンバープレートに交換して、トランクの道具を隠してから運転手に預けたんでしょうね!?」
アーチボルドが即座に答える。
「勿論だ。
道具ならここにある」
そう言って大きなズタ袋をドンと持ち上げた。
イレイナは冷たく鼻で笑う。
「……あんた、自分が原因だって分かってる?
未確認生物オタクを集めたあのくだらないチャットルームで、『セレニス・ベイにヴァンパイアが血液バーを経営しているらしい!』なんて与太話を真に受けたから、こんな事態になったんでしょうが!」
アーチボルドも負けじと声を張る。
「それがわしの仕事だ!
情報を集めて、本にする。
それのどこが悪い!」
「人間っていいわねえ……馬鹿でも金儲けのネタさえあれば!」
イレイナは呆れ果てた声で吐き捨て、ビシッとアーチボルドを指差す。
「そんなこと言ってるんじゃない!
あんたのトイレットペーパー以下の本がベストセラーになろうがどうだっていい!
――問題は、何でノアとリオを誘ったかってことよ!
しかもリオの大学リーグのオフシーズンを狙って。
そうすれば、兄貴第一主義のブラコンリオは絶対にノアを誘う。
その結果、リオはスポンサーからのクラシックカーで悪目立ちしてセレニスにやって来る。
全部、あんたの計算通り!
しかも!
あんた、自分のピカピカの新車は節約癖で使わず、オンボロ車で移動して悪目立ち!
何か訂正することある?
あるなら言ってみなさいよ!」
イレイナの怒気に空気が震える。
アーチボルドは必死に肩で息をしながら声を絞り出す。
「計算じゃない!
取材も兼ねて……三人で休暇を楽しみたかったんだ!
最近会えてなかったから……!」
その緊張を切ったのは、ルシアンの低い声だった。
「イレイナ。
神は大天使の私に、ノアがセレニス州に入った瞬間、地球上の人間からノアとリオの記憶を消すよう命じた」
イレイナの視線が氷のように冷たく光る。
「――だから?」
「だから、とは?」
「だから!
なぜそんな命令を神が出したか、考えないのかってことよ!」
ルシアンが無表情で応える。
「私は神の命令に従うだけだ」
その瞬間――
再び空気がビリビリと震え、イレイナが吐き捨てるように言う。
「これだから天使はイヤ!
馬鹿以上の間抜けで!
まず!
あんた、何でベンチコートなんか着て湿地帯に行ったの?」
ルシアンがまたも無表情で淡々と答える。
「アーチボルドに目立たないようにしようと言われて」
イレイナがキッとルシアンを睨む。
「それで目撃情報を増やしたのを分かってる!?
あのね……この温暖なセレニスで、しかも湿地帯でベンチコートをすっぽり着てたら、嫌でも目立つでしょ!?」
ルシアンが無表情のまま、また淡々と言う。
「私の器のスーツは柄物だ。
だから黒いベンチコートを着た。
それに夜に行動するなら、黒が最適では?」
イレイナが諦め切った声を出す。
「ハイハイあんたの大天使思考なら、そうかもね」
そして、一転して厳しい声で言った。
「本当に……天使は神の伝書鳩やってりゃいいんだから気楽よね!
神はノアの命を救う命令を、あんたに出してる!
だから、あんたは、ここに来た!
でもセレニス州では、絶対にノアの命は脅かされないの。
それでも、神は人間からノアとリオの記憶を消させた……。
理由があると思わないの!?」
沈黙するルシアン。
そこへロクシーが、確信を突く言葉を口にした――
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
明日も17時更新です☆
Xはこちら→ https://x.com/himari61290
自作のキービジュアルやキャラクターカード貼ってます♪




