【12】人間だ、と告げたベンチコートの男。〜残った初心者の指紋〜
その車は厳重に密閉され、S.A.G.E.のラボの地下駐車場に運び込まれた。
シートを全て外し終わると、ヴィヴィアンが苦笑する。
「オンボロのツギハギって聞いてたけど予想以上ね」
カリスタも笑う。
「ホント!
小学一年生の頃の私のパッチワークみたいだわ」
「薄いオレンジにベージュの組み合わせとはな。
確か“ヤツ”は元教師なんだろ?
もっとマシな車くらい持っていそうなのに」
腕を組んでそう言うバレスの肩を、マドックスがポンと叩く。
「“ヤツ”の物とは限らない。
先入観は捨てて証拠を当たろうぜ」
「じゃあ私、後部座席」
カリスタがライト片手に言って、後部座席のドアを開ける。
「じゃあ私は運転席と助手席をやるわ」
ヴィヴィアンも運転席側のドアを開けた。
次にバレスが言う。
「じゃあ俺はトランクを見たら下に潜る。
マドックス、ボンネットと車の外側を見てくれ」
「了解」
マドックスがボンネットを開けた。
そして三時間後。
レイアウトルームでイーサンをはじめ、カリスタとバレスとマドックスが集合した。
レイアウトルームには、車をつぶさに撮った写真が壁に貼られている。
「分かったことは?」
イーサンの問いに、まずカリスタが口を開いた。
「私とヴィヴィアンがボンネットとトランク以外の車の内部を調べたけど、徹底的に掃除されてたわ。
ゴミも無いし、髪の毛一本落ちていなかった。
掃除機をかけたのね。
それと指紋は解体屋と回収屋以外一つも出なかった。
グローブボックスも空で指紋無し。
シートベルトも指紋無し。
匂いからして、洗剤を使って拭き掃除したのね。
それも強力なやつ。
ただ……血液は見えないだけで、そこら中にあったわ!
ヴィヴィアンが鑑定中だけど、人間の物だけじゃ無いみたい。
あと数時間はかかるそうよ」
次にマドックスが口を開く。
「ボンネットに異常は無かった。
見た目程酷くない。
長距離の運転にも耐えられる。
車の外側も綺麗に清掃されていて、内側と同じく解体屋と回収屋以外の指紋は出てないけど、血液反応が有った。
人間と人間以外の物で、車の内部と同じ。
こちらもヴィヴィアンの結果待ちだ。
それから車体番号は完璧に削り取られていて復元は出来ない。
痕跡から何年も前から削り取ってあったことが分かった」
イーサンが頷く。
「バレスはどうだ?」
「トランクの内部と車の下部の部品を調べました。
トランクの内部も徹底的に掃除されていますが、車の内部と外部同様、人間と人間以外の血液がそこかしこで出ました。
これもヴィヴィアンの鑑定待ちです。
車の下部はマドックスの言う様に、見た目程酷くありません。
何処にも故障は無いし、それこそピカピカに拭き取られています。
解体屋と回収屋以外に検索に掛けられるような指紋は有りません。
それと血液反応が少し有りましたが、ヴィヴィアンによれば劣化が酷く、DNA鑑定出来るかは幾つか試してみないと分からないそうです」
イーサンがフフっと冷たく笑う。
「学習したという訳か。
だが初心者には見落としが有るものだ。
必ず」
「と、言うと?」
「車に戻ろう」
パウダーを付けた刷毛をくるくる回すと、数個の指紋が浮かび上がった。
イーサンはそれを採取し、バレスに渡す。
バレスが目を見開く。
「そうか!
ナンバープレートか!」
イーサンは静かに答えた。
「そうだ。
人間の習慣というのは、そう簡単に変わるものじゃない。
いかにもナンバープレートを頻繁に変えていそうな連中だ。
だが掃除の前か後かは分からんが、外す時に素手だった可能性が高い。
なぜなら今まで、指紋を残すことに無頓着だったからだ。
そして──警察相手に指紋が重要だと“最近”知った、初心者だ。
それに見ろ。
車体外側の拭き掃除……四角い所を丸く拭いている。
掃除慣れしていない。
つまり車の整備に詳しくない。
だからナンバープレートを外した重要な作業は、車に詳しい者の役目だった可能性が高い。
バレス、最優先で調べろ」
「はい!」
バレスは駆け足でラボの地下駐車場を出て行った。
そこへカリスタが笑顔で首を傾げる。
「それでチーフはどこに行ってたの?」
イーサンは短く答えた。
「解体屋だ」
「収穫は?」
イーサンの口元に皮肉げな笑みが浮かぶ。
「あったよ。
奴らは本物の大馬鹿者達だ」
回収屋が語ったのは、こうだった。
第一印象は「セレニス・ベイの住人には見えない」連中。
キャップを被った髭面の年配男のTシャツは、ビーチの露店で5ドルで売っているような代物。
そして──真っ黒なベンチコートを頭からすっぽり被った男。
ファスナーを襟元まで閉め、フードまで被る。
そんな格好、セレニスでは怪しさしかない。
髭面の男は声を掛けられると動揺した。
だがベンチコートの男は冷静に回収屋を“観察”していた。
まるで試されているようで、回収屋はぞっとしたという。
次の瞬間、ベンチコートの男が口にした。
「この男は人間だ」
その言葉に、髭面の男は心底ホッとした様子で、回収屋へ仕事を頼んだ。
報酬はキャッシュで500ドル。
だが回収屋は、それ以上のものを見ていた。
グレイタウンの入口にレッカー車ごと潜ませ、二人を尾行したのだ。
──そこに現れたのは、一台のグリーンの車。
キャデラック・エメラルド1967年型。
回収屋は息を呑んだ。
貴重すぎるその車を、初めて目にしたからだ。
キャデラックは湿地帯に入ったかと思うと、すぐに引き返して行った。
暗がりで誰が乗っていたかは分からない。
しかし回収屋は思い切って、ハイビームを当てた。
キャデラックが急加速で走り去る。
その一瞬、後部座席がはっきり見えた。
髭面の男。
そして派手な柄物スーツを着た男。
──間違いない。
ベンチコートの男だった。
イーサンの説明を聞いたカリスタが、腑に落ちない顔をする。
「ベンチコートで隠してたのに、その下が派手な柄物スーツって……。
余計に目立つじゃない」
マドックスも腕を組み、眉をひそめる。
「しかも夜でも一発で分かるような柄スーツだろ。
セレニスじゃお偉いさんでも着てないぜ。
……お洒落のつもりか?」
その時、バレスがファイルを抱えて飛び込んで来た。
「チーフ!
ナンバープレートを外した跡の指紋が一致しました!
アーチボルド・サーストンです!
『リオ・ゴードン』を迎えに来た髭面の男です!」
イーサンはファイルを受け取り、冷ややかに言った。
「アーチボルドは元教師だが、ナンバープレートの付け替えくらいは出来る。
だが──スーツは脱げても髭は剃れなかった。
髭はアーチボルドの拘りなんだろうな。
柄物スーツの男も同じだ。
ジーンズに着替える気すらない。
だからわざわざベンチコートを羽織る。
だが、ベンチコートを着ること自体が不審がられるとは考えない。
要するに……警察に追われているという危機感が全くない。
やっていることが、あのツギハギの車と同じ。
統一性が無い。
──馬鹿の集まりだ」
「チーフ、これからどうしますか?」
バレスが身を乗り出す。
イーサンは短く命じた。
「キャデラック・エメラルド1967年型を追え」
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