第7話 第一章完
「お前は黙ってろ」
「はいはい」
照平は笑いながら、自分の席へ戻っていった。
……絶対、面白がってる。
俺は目の前の美月先輩に向き直った。
「武蔵浦霞大学について調べるって、具体的には?」
「凪の話を聞いて、私も少し考え直しました」
美月先輩は、手にしていた封筒を差し出した。
中には、学校案内や学費に関する資料が入っている。
「反対するなら、正確な情報を知った上で反対したいと思って」
「……なるほど」
「それに、凪が調べていた奨学金についても、自分で確認したいんです」
「それなら、俺より学校の先生に相談した方がいいと思いますけど」
「もちろん、先生にも相談します」
美月先輩は、ほんの少し笑った。
「でも、大波くんにも見てほしいんです」
「俺に?」
「はい」
「理由は?」
美月先輩は少し考えてから、静かに答えた。
「大波くんは、私たち姉妹のどちらにも味方をしなかったから」
「……」
「だから、信用できると思いました」
返事に困った。
別に、信用されるようなことをした覚えはない。ただ、二人の話を聞いただけだ。
「分かりました。資料を見るくらいなら」
「ありがとうございます」
美月先輩は丁寧に頭を下げた。
「では、また放課後に」
「はい」
美月先輩が教室を出ていく。
扉が閉まると、照平が声をかけてきた。
「ハル」
「何」
「完全に頼られてるな」
「……」
「しかも、女子の先輩に」
「だから何だよ」
「いや、嫌じゃないのか?」
照平はニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んだ。
「青春だなって思ってさ」
「お前、朝からうるさい」
「はいはい」
そこへ、別の声が飛んできた。
「何が『はいはい』なの?」
振り返ると、教室の入口に咲が立っていた。
新倉咲。
中学の頃から知っている、数少ない気兼ねなく話せる相手だ。
「おはよ、咲」
「おはよ」
咲は俺と照平を交互に見た。
「で?」
「何が?」
「今の話」
「何の話?」
「……ハル」
咲が呆れたように目を細める。
「私が知らないと思った?」
「何を?」
「昨日、海老名先輩と一緒にいたこと」
「またその話か」
「もう学校中に広まってるよ」
照平が楽しそうに笑った。
「な? 世間って怖いだろ?」
「お前が言うな」
咲は俺の机の横まで歩いてくる。
「それで?」
「武蔵浦霞大学について調べることになった」
「へえ」
咲は一瞬だけ目を丸くした。
「また面倒なことに巻き込まれたね」
「巻き込まれてない。頼まれただけだ」
「それを巻き込まれたって言うんだけど」
「……」
何も言い返せない。
咲は、してやったりと笑った。
「まあ、ハルらしいけど」
「どういう意味だ」
「困ってる人がいたら、結局放っておけないって意味」
「俺は問題を解決してるだけだ」
「はいはい」
今度は咲まで同じことを言った。
「……お前ら、俺を何だと思ってるんだ」
三人で笑った。
海老名姉妹の一件は、これで終わった。
少なくとも、そのときの俺はそう思っていた。
凪は武蔵浦霞高校を目指すため、必要なことを調べ始めた。
美月先輩も、妹の話を聞きながら、自分の過去と向き合い始めた。
俺がその後も二人と関わることになるのは、もう少し先の話だ。
俺たちの日常も、少しずつ元に戻っていった。
……戻っていくはずだった。
◆
数日後。
昼休み。
「大波」
担任に呼び止められた。
「はい」
「悪いんだが、これを第二資料室まで持っていってくれないか?」
「分かりました」
渡されたのは、何冊かのファイルだった。
「一人で大丈夫か?」
「これくらいなら大丈夫です」
「助かる」
俺はファイルを抱えて教室を出た。
第二資料室は、旧校舎との境目にある。普段はほとんど人が来ない場所だ。
廊下を歩いていると――。
「……あれ?」
女子の声がした。
資料室の前で、一人の女子生徒がしゃがみ込んでいる。
制服は同じ学校のものだが、見覚えはなかった。
「何してるんですか?」
「……」
反応がない。
俺はもう一度、声をかけた。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
即答だった。
女子生徒が顔を上げた。
少し癖のある髪。眠そうにも見える目。そして、膝の上には大量のプリント。
「鍵、なくした」
「鍵?」
「資料室の鍵」
「先生には?」
「まだ」
「じゃあ、先生に言えば――」
「怒られる」
「なんで?」
「私が最後に持ってたから」
……。
嫌な予感がした。
「何をしたんですか?」
「なくしただけ」
「それ、十分問題だと思いますけど」
「だから困ってる」
彼女は他人事のように淡々と言った。
俺はため息をつく。
また面倒なことになりそうだ。
「名前は?」
「ちなみに俺の名前は大波一陽」
「……」
少し間を置いて、彼女は答えた。
「三芳」
「三芳さん?」
「うん。三芳――」
そのとき、遠くから先生の声が聞こえてきた。
「おーい! 資料室の鍵、知らないかー?」
三芳さんの顔が固まった。
「……」
「……」
「大波くん」
「何ですか」
「逃げよう」
「なんで俺まで?」
「もう仲間だから」
「いつからだよ」
三芳さんは立ち上がると、プリントを俺に押しつけた。
「持って」
「いや、自分で持ってください」
「お願い」
「……」
結局、俺は半分受け取った。
その瞬間、廊下の角から担任が顔を出した。
「あっ」
三芳さんが小さく声を漏らす。
俺は思った。
――これは、また面倒な奴に関わってしまった。
そして、この日から。
俺の学校生活に、三芳さんという新しい問題児が加わることになった。
とりあえず第一章完です話の整合性をとるため色々修正しましたよろしくお願いします。




