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俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
第五章 噂の不良後輩は、妹に甘々お姉ちゃん

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第49話


翌日の放課後。


「……それで、今日はどうするんだ?」


駅前の公園で、一陽は隣に立つ玲奈に尋ねた。


玲奈は落ち着かない様子で、何度もスマートフォンの画面を確認している。


「どうするって、昨日の続きだよ。千景と話す」


「ちゃんと話せそうか?」


「……分かんねえ。でも、逃げるわけにもいかねえだろ」


そう言って笑おうとした玲奈の顔は、少しも笑えていなかった。


一陽はそれ以上、無理に励まそうとはしなかった。


「まあ、俺は隣にいるから。言いたいことを言えばいいよ」


「……簡単に言うなあ、パイセンは」


「簡単じゃないから、隣にいるんだろ」


「……っ」


玲奈は一瞬だけ目を丸くした。


それから、誤魔化すように一陽の背中を軽く叩いた。


「そ、そういう恥ずかしいこと、さらっと言うなよ!」


「何が?」


「何でもねえ!」


「……?」


一陽が首を傾げる。


玲奈は赤くなった顔を隠すように歩き出した。


そんな二人のやり取りを、少し離れた場所から見ている人物がいた。


上里千景だった。


その表情には、複雑な感情が浮かんでいた。


昨日の玲奈の様子。そして、隣にいる男。


千景には、どうしても納得できないことがあった。


自分たちと過ごした時間を、玲奈は本当にあっさり捨ててしまえるのだろうか。


それとも、この男がいるから、もう自分たちは必要なくなったのだろうか。


そんな考えが、頭から離れなかった。


     *


「……来たね」


駐車場に着くと、千景が待っていた。


その後ろには、昨日よりも多くのメンバーが集まっている。榛名真琴の姿もあった。


「……千景」


玲奈が一歩前に出る。


「昨日は、悪かった。何も言わずにいなくなったのは、あたしが悪かったと思ってる」


「だったら、戻ってきてよ」


千景は間髪入れずに答えた。


「……それはできない」


「何で?」


「学校もあるし、家のこともある。あたしはもう、昔みたいにはできねえんだよ」


「家のことって、前からやってたじゃん。学校だって、みんな通ってた。そんなの、理由にならないでしょ!」


「……千景」


「それとも、やっぱりこの男のせい?」


千景の視線が一陽に向いた。


「こいつと付き合い始めたから、うちらとは縁を切りたいってこと?」


「違う!」


玲奈が声を荒らげた。


「一陽君は関係ねえ! あたしが自分で決めたんだ!」


「じゃあ、何で相談してくれなかったの?」


千景の声が震えた。


「うちらは仲間だったじゃん。あんたが困ってたら、一緒に考えることだってできた。なのに、何も言わずにいなくなって……。あたしは、あんたの親友だったと思ってたのに」


玲奈は唇を噛んだ。


言い返せなかった。


千景の言うことが間違っているとは思えなかったからだ。


「……ごめん」


ようやく出た言葉は、それだけだった。


「謝ってほしいんじゃない!」


千景は声を張り上げた。


「戻ってきてほしいんだよ! 前みたいに、また一緒にいてほしいんだよ!」


その叫びには、怒りよりも寂しさがにじんでいた。


玲奈は何かを言おうとした。


しかし、その前に千景が一陽を睨みつけた。


「……あんたは、どうなの?」


「俺?」


「そう。玲奈がうちらと一緒にいた時間を、どう思ってるわけ?」


一陽は少し考えてから答えた。


「大切な時間だったんだと思うよ。玲奈にとっても、千景さんにとっても」


「だったら、どうして辞めるのを止めないの?」


「玲奈が決めたことだから」


「……は?」


「大切な仲間だったことと、これからも同じ場所にいなきゃいけないことは、別だろ?」


千景の顔が険しくなる。


「……あんたに、何が分かるのよ」


「全部は分からないよ。だから、勝手に決めつけるつもりもない」


一陽は静かに続けた。


「でも、玲奈が今の生活を守りたいと思ってることは知ってる。だったら、俺はその気持ちを尊重したい」


「……もういい」


千景は一陽から目を逸らした。


「何も知らないくせに、分かったようなこと言わないで」


「千景!」


玲奈が止めようとしたが、千景は聞かなかった。


「今日は帰って。玲奈とは、また話すから」


その言葉を合図に、周囲の空気が険しくなった。


一陽は玲奈の方を向いた。


「……玲奈。今日は一度、帰ろう」


「……うん」


玲奈は悔しそうに頷いた。


二人がその場を離れようとしたとき、真琴が声をかけた。


「玲奈。大波君。今日はもう帰りな」


「……真琴さん」


「千景も、少し頭を冷やしな。話し合いは、相手の言葉を聞くところからだよ」


真琴の毅然とした声に、千景は反論できずに黙り込んだ。


一陽と玲奈は、そのまま駐車場を後にした。


このとき、真琴はまだ知らなかった。


自分が見ていないところで、千景たちが取り返しのつかない行動に出ようとしていることを。


     *


「……悪かったな、パイセン」


帰り道、玲奈がぽつりと呟いた。


「何が?」


「あんな言い方されて。あたしのせいで、嫌な思いさせた」


「別に。言われたこと自体は、そんなに気にしてないよ」


「……でも」


「玲奈」


一陽は足を止めた。


「千景さんが怒るのも、寂しいのも、分からなくはないよ。長い間一緒にいたんだろ?」


玲奈は小さく頷いた。


「だったら、千景さんにも千景さんの気持ちがある。それは否定しなくていいと思う。ただ、玲奈が自分の人生をどうするかは、玲奈が決めていいんだ」


「……うん」


「明日、もう一度話せばいい。今日すぐに分かり合えなくても、伝えることを諦めなければいいんじゃないかな」


玲奈はしばらく黙っていた。


やがて、小さく笑った。


「……パイセンってさ。こういうとき、変に説教くさくならないよな」


「説教するほど偉くないからな」


「自覚あんのかよ」


「そりゃあね」


玲奈は声を立てて笑った。


その笑顔を見て、一陽もほっとした。


けれど、その安心は長く続かなかった。


「……あ、そうだ。あたし、ちょっと母さんに連絡するわ」


玲奈がスマートフォンを取り出した。


「今日は少し遅くなるかもって言っとかねえと」


「分かった。俺はここで待ってるよ」


玲奈が少し離れた場所へ移動する。


その背中を見送った一陽の前に、数人の女性が現れた。


昨日、駐車場にいたメンバーたちだった。


「……大波、だっけ」


「何か用ですか?」


一陽が尋ねると、女性の一人が冷たい目を向けた。


「ちょっと付き合ってよ。話があるんだ」


「話なら、玲奈も一緒のときにしてくれないか?」


「すぐ済むから」


一人が一陽の腕をつかんだ。


「……いや、だから」


一陽が振りほどこうとするより早く、別の女性が反対側から腕を押さえた。


「おい、何するんだよ!」


一陽は声を上げた。


しかし、周囲には人影が少ない。女性たちは手際よく一陽を車へと押し込んだ。


抵抗しようにも、人数が違いすぎる。


車の扉が閉まる直前、一陽は玲奈のいる方向を見た。


彼女はまだ、こちらに気づいていなかった。


「……くそっ」


車が走り出す。


一陽は歯を食いしばった。


玲奈に心配をかけたくなかった。


何より、彼女が大切にしてきた仲間たちと、こんな形で争いたくなかった。


だが、これから自分がどうなるのかは分からない。


     *


連れてこられたのは、使われなくなった倉庫だった。


一陽は床に座らされ、両手を後ろで拘束された。


目の前には千景が立っている。


「……悪いけど、少し痛い目に遭ってもらうから」


「……千景さん。こんなことして、玲奈が喜ぶと思うのか?」


「玲奈の名前を出さないで!」


千景の声が響いた。


「全部、あんたのせいじゃない! あんたが現れなければ、玲奈は今も……!」


「……今も、何だよ」


「うちらと一緒にいたはずでしょ!」


千景の表情は歪んでいた。


「玲奈は、あんたと出会って変わった。うちらより、あんたを選んだ。だから……」


「それは違う」


一陽は静かに言った。


「玲奈は、誰かを選んで誰かを捨てたわけじゃない」


「黙って!」


千景が叫ぶ。


「もう聞きたくない!」


周囲のメンバーが一陽を取り囲んだ。


その中の一人が、一陽の肩を強く押した。


「お前が玲奈をたぶらかしたんだろ!」


別の一人も怒鳴る。


「昔の仲間を捨てさせて、何がしたいんだよ!」


一陽は答えなかった。


やがて、彼らの怒りは暴力へと変わった。


一陽は何度も床に倒れた。それでも、反撃しようとはしなかった。


痛みで息が詰まり、身体を起こすのも難しくなる。


それでも、一陽は拳を握りしめるだけだった。


――ここで殴り返したら、どうなる?


自分が彼女たちを傷つければ、玲奈はきっと悲しむ。


千景との関係も、もう修復できなくなるかもしれない。


それだけは避けたかった。


だから、一陽は耐えた。


「……何で、抵抗しないのよ」


千景が苛立ったように尋ねた。


一陽は荒い呼吸を整えながら、顔を上げた。


「……殴り返したら、玲奈が悲しむだろ」


その言葉に、千景の表情が一瞬だけ揺れた。


しかし、すぐに顔を背ける。


「……そんなの、きれいごとよ」


「そうかもな」


一陽はかすかに笑った。


「でも、俺は……玲奈に、これ以上悲しい思いをしてほしくないんだよ」


「……っ」


千景は何も答えなかった。


そのときだった。


倉庫の扉が、勢いよく開いた。


「……お前ら。何をしている?」


低く、よく通る声。


榛名真琴だった。


真琴は室内を見渡し、床に倒れた一陽と、その周りに立つメンバーたちを目にした。


「千景。説明しな」


「……真琴さん、これは……」


「説明しろと言っているんだ」


真琴の声が鋭くなった。


「誰がこんなことを許した? 私が話し合えと言った相手を、勝手に連れ去って拘束し、暴力まで振るったのか?」


誰も答えられなかった。


千景も、拳を握りしめたまま俯いている。


真琴は一歩前に出た。


「答えな。仲間だからといって、何をしても許されると思うなよ」


その毅然とした声が、倉庫に響き渡る。


しかし、その場にいる全員の視線は、再び一陽へと向けられた。


彼は苦しそうに息をしながら、ゆっくりと顔を上げる。


「……真琴さん」


「大波君。今は喋らなくていい。まずは拘束を解かせる」


「いえ……少しだけ、聞いてほしいんです」


一陽は千景たちを見た。


「……俺は、玲奈をあんたたちから奪いたいわけじゃない」


誰も口を開かなかった。


「玲奈は、あんたたちと過ごした時間を、なかったことにしたいわけじゃないんだよ。昔の話をするとき、あいつは楽しそうにすることもある。……それと同じくらい、苦しそうにもなる」


一陽は息をついた。


「家に帰れば、小春ちゃんの面倒を見て、母親の手伝いをしてる。自分の時間を削ってでも、家族のために動いてるんだ。あいつにとって、家族との生活は大切なものなんだよ」


千景が唇を噛んだ。


「……だから、何だっていうの」


「だから、玲奈が今の生活を守りたいって思うことを、認めてやってほしいんだ」


一陽の声には、力がこもっていた。


「昔の仲間が大切だったことと、今の生活を選ぶことは、両立できないのか? 玲奈があんたたちを嫌いになったわけじゃないのは、話してれば分かる。だからこそ、あいつが自分で決めたことくらい、認めてやってほしい」


「……っ」


「俺は、玲奈に何かを諦めてほしくてここにいるんじゃない。あいつが大切にしてるものを、あいつ自身の意思で守れるようにしたいんだ」


一陽は千景をまっすぐ見つめた。


「……俺は玲奈のことを、まだ全部知ってるわけじゃない。でも、あいつが優しい人間だってことは知ってる。強がって、何でも一人で背負おうとする。自分が傷つくことには鈍いくせに、大切な人が傷つくことには、誰よりも敏感なんだ」


声がかすれた。


それでも、一陽は続けた。


「そんな玲奈が、自分で決めた道を歩こうとしてるんだ。だったら、昔の仲間として……あいつのことを大切に思ってるなら、応援してやってほしい」


倉庫の中が静まり返った。


千景たちは、何も言えなかった。


彼らが玲奈を守りたいと思っていたように、一陽もまた、玲奈を守りたいと思っていた。


ただし、彼は自分の隣に玲奈を縛りつけようとはしていない。


彼女が自分自身で選べるように、支えようとしているのだ。


真琴は一陽を見つめていた。


その目には、先ほどまでの怒りとは違う感情が浮かんでいた。


――なるほど。


この男は、玲奈を自分のものにしたいから、こんなことを言っているわけではない。


玲奈という人間を、きちんと見ている。


そのうえで、彼女が幸せになることを願っている。


「……大波君」


真琴が静かに口を開いた。


「あなた、たいした男だね」


一陽は困ったように笑った。


「……いや、俺は別に」


「謙遜するな。自分が傷つけられているときに、相手を恨むより先に玲奈のことを考えられる。しかも、自分の望みを押しつけず、本人の意思を尊重している」


真琴は腕を組んだ。


「芯があって、男気もある。……玲奈があんたを頼った理由が、ようやく分かったよ」


「……真琴さん」


「ただし、だからといって、今回のことを許すつもりはない。そこは勘違いするなよ」


真琴が千景たちを振り返った。


「お前たちのしたことは、仲間を思う気持ちとは別の話だ。自分の感情を理由に、他人を傷つけていいわけがない」


千景は俯いたまま、唇を震わせていた。


「……でも、あたしは……」


「言い訳は後だ。まずは大波君の拘束を解け。怪我の状態も確認する。必要なら救急車を呼ぶ」


メンバーたちが慌てて動き出した。


そのとき。


倉庫の外から、聞き覚えのある声が響いた。


「……一陽パイセン!」


玲奈だった。


彼女は息を切らしながら倉庫に飛び込んできた。


そして、拘束を解かれかけている一陽の姿を見た瞬間、動きを止めた。


「……え?」


顔に残る傷。乱れた制服。立ち上がることさえ難しそうな姿。


玲奈の表情から、血の気が引いた。


「……誰が、やった?」


低い声だった。


誰も答えない。


玲奈はゆっくりと顔を上げた。


その目に宿っていたのは、普段の彼女からは想像できないほどの怒りだった。


「……答えろよ」


千景が何かを言おうとした。


けれど、その言葉が出るより早く、玲奈は一歩踏み出した。


「……てめえら、絶対に許さねえ」


次の瞬間、玲奈が動いた。


千景たちは、彼女がどれほど強いのかを知っていた。


それでも、今の玲奈はいつもと違った。


怒りに任せて暴れるのではない。


一陽を傷つけた者たちに、二度と同じことをさせないという、明確な意志があった。


真琴はすぐに動かなかった。


玲奈が何を思い、なぜここまで怒っているのか。それを見届ける必要があると感じたからだ。


そして、千景たちもまた、理解し始めていた。


玲奈を奪った男だと思っていた一陽が、実際には玲奈の意思を尊重し、彼女の未来を願っていたこと。


そして玲奈が今、そんな一陽のために、必死になっていることを。


玲奈の拳が最後の一人を地面に倒したとき、倉庫には荒い息遣いだけが残った。


「……そこまでだ、玲奈」


真琴の声が響いた。


玲奈は振り返らなかった。


ただ、一陽のもとへ駆け寄る。


「……一陽パイセン! おい、しっかりしろ!」


「……玲奈。大丈夫、だから……」


「どこが大丈夫なんだよ! 馬鹿か、お前!」


玲奈の声が震えた。


怒っているのか、心配しているのか、自分でも分からなかった。


ただ、一陽が傷ついている姿を見た瞬間、胸の奥がひどく苦しくなったのだ。


真琴はそんな玲奈の背中を見つめ、そっと息を吐いた。


――なるほど。嘘をついていたのは二人とも、か。


一陽と玲奈が本当の恋人ではないことには、最初から気づいていた。


けれど、今の玲奈の様子を見れば分かる。


少なくとも、玲奈の方はもう、ただの後輩と先輩という関係だけでは済まなくなり始めている。


本人は、まだ気づいていないようだが。


真琴は口元に小さな笑みを浮かべた。


「……まったく。世話の焼ける子たちだね」


そして、玲奈と一陽、千景たちを見渡し、静かに告げた。


「話は、ここで終わりにしよう。玲奈。あんたが自分の意思でグループを抜けることを、正式に認める」


玲奈は顔を上げた。


「……真琴さん」


「もう、あんたを縛るつもりはない。これからは自分の人生を歩きな。何かあったら、いつでも頼りな。あんたも、大波君もね」


真琴は千景たちへ視線を向けた。


「お前たちも、玲奈の決断を受け入れな。仲間なら、本人が選んだ道を尊重してやれ」


千景は、しばらく一陽と玲奈を見つめていた。


やがて、ゆっくりと頭を下げた。


「……ごめん、玲奈」


その声は、今にも消えそうだった。


「……あたし、あんたがいなくなるのが嫌だった。だから、あんたの気持ちを聞くのが怖くて……勝手なことをした」


玲奈は黙っていた。


千景は一陽にも頭を下げた。


「……大波さん。玲奈のこと、お願いします」


「……千景さん」


「本当は、あんたのこともまだ気に入らない。玲奈がこんなに心配する相手なんて、正直、面白くないし」


千景は涙を拭って、少しだけ笑った。


「でも……あんたが玲奈のことを本気で考えてるのは分かった。だから、玲奈を頼む」


一陽は困ったように笑った。


「……俺にできることなら、協力するよ。でも、玲奈のことを頼むっていうなら、俺だけじゃなくて、千景さんも一緒に考えてやってくれ」


千景は目を見開いた。


「……え?」


「玲奈にとって、千景さんも大切な人なんだろ? だったら、俺一人に任せる必要なんてないよ」


その言葉に、千景の目から再び涙がこぼれた。


玲奈は一陽を見つめた。


傷ついているのに、最後まで自分と千景のことを考えている。


どうして、そこまでできるのだろう。


どうして、自分はこの人が傷つくことを、こんなにも嫌だと思うのだろう。


「……一陽パイセン」


「ん?」


「……馬鹿」


「ええ……?」


玲奈は一陽の肩を支えながら、顔を背けた。


「……ほんっと、馬鹿だよ。あんた」


その声は、怒っているようでいて、ひどく優しかった。


真琴は二人を見て、満足そうに頷いた。


千景たちとの関係が、すぐに昔どおりになるわけではない。


それでも、ようやく一歩を踏み出せた。


玲奈が過去を捨てるのではなく、過去と向き合いながら、自分の未来を選ぶための一歩を。


そして一陽は、まだ知らない。


今日の出来事が、玲奈の心に小さな変化を残したことを。


彼女はまだ、その感情に名前をつけられない。


ただ、彼が傷ついている姿を思い出すたび、胸が締めつけられるような気がするのだった。

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