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俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
第五章 噂の不良後輩は、妹に甘々お姉ちゃん

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第46話


「ハル。お前、最近一年の菖蒲とよく話してるらしいな」


「……お前、学校中に監視カメラでも設置してんの?」


翌日の昼休み。


狭山照平の余計な一言に、大波一陽は弁当を食べる手を止めた。


「いやいや。普通に噂になってんだよ。あの菖蒲玲奈と二年の問題児が接触してるって」


「その言い方だと、俺まで不良みたいじゃないか」


「自覚なかったのか?」


「お前、俺に対してだけ妙に辛辣だよな」


「親友だからな」


「親友って便利な言葉だな……」


隣で話を聞いていた新倉咲が、くすくす笑った。


「でも、菖蒲さんって本当に怖い子なの? ハルはどう思ってる?」


「どうって言われてもな。口は悪いけど、普通に話せる相手だよ」


「普通に話せる、ねえ」


照平が意味ありげに笑う。


「お前、女子に対しては妙に警戒心が強いくせに、あいつとは自然に話してるんだな」


「別に。あいつが普通に話しかけてくるから、こっちも普通に返してるだけだ」


「その普通ができない人間もいるんだよ」


咲の言葉に、一陽は返事をしなかった。


玲奈が周囲から距離を置かれているのは、何となく分かっていた。


見た目や噂だけで怖がられ、本人が何かする前から避けられている。


自分も似たような経験があるからこそ、余計な先入観を持たずに接することができるのかもしれない。


もっとも、本人にそんなことを言えば、間違いなく「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ」と返されるだろう。


それはそれで、容易に想像できた。


     *


放課後。


一陽が教室を出ると、廊下の窓際に見覚えのある金髪があった。


玲奈は壁に背中を預け、腕を組んでいる。


「……よ。一陽パイセン」


「おう、菖蒲。誰か待ってんの?」


「別に。ちょっと用事があっただけ」


「そうか」


「……いや、だから、そうかで終わらせんなよ」


「えっ、何? 会話を続けた方がよかった?」


「そういう意味じゃねえ!」


玲奈は苛立ったように髪をかき上げた。


どうやら、何か言いたいことがあるらしい。


一陽は急かさずに待った。


玲奈はしばらく視線を泳がせてから、ぼそりと呟いた。


「……なあ、パイセン。今日、時間ある?」


「まあ、特に予定はないけど」


「だったら、ちょっと付き合ってくんねえ?」


「どこに?」


「……うち」


「うち?」


「小春がどうしても会いたいって言ってんだよ。母さんも、一回ちゃんと礼を言いたいって」


言い終えた玲奈は、急に落ち着かなくなった様子で視線をそらした。


「別に、無理に来いって言ってるわけじゃねえからな。嫌なら断っていいし」


「いや、行くよ」


「……は?」


「お礼を言いたいって言ってくれてるんだろ? なら、断る理由もないし」


「……そっか」


玲奈の肩から、わずかに力が抜けた。


「じゃ、行くぞ。変な期待すんなよ」


「何の期待だよ」


「知らねえ!」


顔を赤くした玲奈が歩き出す。


一陽は首を傾げながら、その後を追った。


     *


「ハルちゃーん!」


玄関の扉が開くなり、小さな女の子が飛び出してきた。


「おっと」


一陽はしゃがみ込み、勢いよく抱きついてきた小春を受け止めた。


「来てくれたの!?」


「ああ。玲奈に誘われてな」


「やったあ!」


小春は満面の笑みを浮かべた。


その後ろから、玲奈が慌てて顔を出す。


「こら、小春! いきなり飛びつくなって! パイセンが転んだらどうすんだよ!」


「ハルちゃん、つよいもん!」


「強いとかそういう問題じゃねえだろ!」


「はは……元気だなあ」


「……パイセンも甘やかすなよ」


玲奈は呆れた顔をしていたが、その声には怒っている様子がなかった。


家の中から、女性の声が聞こえた。


「玲奈ー? お客さん来たの?」


「うん、母さん。前に、小春を送ってくれた先輩」


現れたのは、若々しい雰囲気の女性だった。


明るい髪を後ろでまとめ、動きやすそうな服を着ている。見た目には少し迫力があるものの、笑うと親しみやすい。


「初めまして。玲奈と小春の母です。昨日は本当にありがとうございました」


「いえ、俺は家まで送っただけですから」


「それでもよ。あの子が無事に帰ってきてくれて、本当に安心したの」


母親は小春の頭を撫でた。


「この子、好奇心が強くてね。目を離すとすぐにどこかへ行っちゃうの」


「ちょうちょがいたんだもん!」


「はいはい。次からはちゃんとお姉ちゃんのそばにいるのよ」


「はーい!」


元気よく返事をする小春を見て、玲奈が小さく息を吐いた。


「……返事だけはいいんだよな、こいつ」


「玲奈だって、小さい頃は同じだったわよ?」


「ちょっ、母さん! 余計なこと言うなって!」


「ふふ。そうだったかしら?」


「絶対わざとだろ……!」


一陽は思わず笑った。


学校では近寄りがたい雰囲気をまとっている玲奈が、家では母親にからかわれて本気で慌てている。


その姿が妙に新鮮だった。


「……何笑ってんだよ、パイセン」


「いや。菖蒲にもそういう顔があるんだなと思って」


「どんな顔だよ!」


「普通の女の子の顔」


玲奈は一瞬、言葉に詰まった。


「……うっせ。ほら、いつまでも玄関にいねえで入れよ!」


乱暴に言い放ち、先に廊下へ戻ってしまう。


その耳が少し赤くなっていることには、一陽も母親も気づいていた。


     *


居間に通された一陽は、テーブルの上に並んだ料理を見て目を丸くした。


煮物に味噌汁、焼き魚に野菜炒め。


どれも家庭的で、丁寧に作られている。


「すごいですね。これ、全部玲奈さんが作ったんですか?」


「そうよ。玲奈は家事が得意なの。私が仕事で遅くなる日も多いから、ずいぶん助けてもらってるわ」


「別に、普通だろ」


玲奈はそっけなく答えた。


「普通って量じゃないと思うけど……」


「食べるぞ。冷めるから」


話を切り上げるように、玲奈は箸を手に取った。


一陽も手を合わせる。


「いただきます」


まずは煮物を一口。


「……うまい」


思わず声が漏れた。


「本当?」


小春が身を乗り出す。


「うん。味がちゃんと染みてるし、すごくおいしい」


「それ、お姉ちゃんが作ったんだよ!」


「うん。菖蒲、料理うまいんだな」


「……そりゃ、毎日やってりゃな」


玲奈はぶっきらぼうに答えたが、箸を動かす手が少しだけ速くなった。


母親はそんな娘を、優しい目で見つめていた。


「玲奈は昔から面倒見がいいの。小春のことも、本当によく見てくれてる」


「母さん、もういいって」


「でも、たまには言わせてよ。いつもありがとうね」


玲奈は黙った。


やがて、小さな声で答える。


「……別に。家族なんだから、当たり前だろ」


その言葉に、一陽は箸を止めた。


家族だから当たり前。


きっと玲奈にとって、それは本心なのだろう。


けれど、当たり前だと思えるほど、毎日続けることは簡単ではない。


学校での噂しか知らない人間は、彼女がどれだけ家族を大切にしているか、きっと知らない。


「菖蒲」


「……何だよ」


「毎日、頑張ってるんだな」


「……っ」


玲奈の箸が止まった。


「な、何だよ急に。別に褒められるようなことじゃねえし」


「そうか? 俺はすごいと思うけど」


「……パイセン、ほんっと変なことばっか言うな」


玲奈は顔をそむけた。


その横で、小春がにこにこと笑っている。


「お姉ちゃん、うれしいんだよ!」


「小春!」


「えへへ!」


「あとで覚えてろよ……!」


「やー!」


居間に笑い声が広がった。


その光景を眺めながら、一陽は思った。


ここにいる玲奈は、学校で噂されている少女とは別人のようだった。


いや、きっと、こちらも彼女の本当の姿なのだ。


強くて、口が悪くて、少し不器用。


それでも、家族を守るために自分のできることを続けている。


誰かに褒められるためでも、認められるためでもなく。


ただ、大切な人たちが笑っていられるように。


「……菖蒲」


「今度は何だよ」


「そういえば、ここにいるのはみんな菖蒲なんだな」


「……ああ。母さんも小春も、名字は菖蒲だよ」


「じゃあ、呼び方を変えた方がいいかもな。名字で呼ぶと誰だか分かりにくいし、玲奈のことは名前で呼んでもいいか?」


玲奈は目を見開いた。


「……名前で?」


「うん。小春ちゃんは小春ちゃんって呼んでるし、お母さんも玲奈さんのお母さんって呼ぶことになるだろ? 玲奈だけ菖蒲だと、ちょっと紛らわしいから」


「……別に、好きにすれば」


ぶっきらぼうに答えた玲奈だったが、耳はみるみる赤くなっていく。


「じゃあ、玲奈」


「……っ」


名前を呼ばれた瞬間、玲奈の肩が跳ねた。


「な、何だよ、急に!」


「いや、呼んでみただけだけど」


「呼んでみただけって……!」


「嫌だったか?」


「……嫌じゃねえけど。いきなりは、ちょっと……」


玲奈は視線をそらし、指先で箸を弄んだ。


「じゃあ、これからは玲奈って呼ぶよ」


「……勝手にしろ」


そう言いながらも、玲奈の口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。


小春が嬉しそうに手を叩く。


「お姉ちゃん、名前で呼んでもらえてよかったね!」


「小春!」


「えへへ!」


「あとで覚えてろよ……!」


「やー!」


居間に、また笑い声が広がった。


「……玲奈」


「だから、何だよ」


「また、飯食いに来てもいいか?」


玲奈は目を見開いた。


「……はあ!?」


「いや、料理がおいしかったから」


「そ、そういう意味かよ!」


「ほかにどういう意味があるんだ?」


「知らねえよ、バカ!」


玲奈は勢いよく立ち上がった。


「……勝手にしろ! 母さんがいいって言うなら、別に……!」


そう言い残して台所へ逃げていく。


母親は娘の背中を見送り、それから一陽に意味ありげな笑みを向けた。


「ふふ。玲奈、あなたのことを気に入ったみたいね」


「えっ? いや、そんなことは……」


「そうかしら?」


「母さん! 聞こえてんぞ!」


台所から怒鳴り声が飛んできた。


小春は一陽の袖を引っ張る。


「ハルちゃん、また来てね!」


一陽は笑って、その頭を撫でた。


「ああ。また来るよ」


その約束を聞いて、小春は満足そうに笑った。


そして台所では、玲奈が誰にも見られないように頬を押さえていた。


「……なんなんだよ、あの先輩」


口ではそう言いながらも、その胸の奥は、不思議なくらい温かかった。

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