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俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
第五章 噂の不良後輩は、妹に甘々お姉ちゃん

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第45話


「なあ、ハル。昨日の放課後、何してたんだ?」


翌日の昼休み。


弁当を食べていると、向かいに座る狭山照平が妙にニヤニヤしながら聞いてきた。


「普通に帰ったけど」


「へえ。普通にねえ」


「……何だよ、その顔」


「いやあ? 最近、噂の金髪一年生と一緒にいるところを見たって話を聞いてな」


「情報が回るの早すぎない?」


「お前が関わると、何でも話題になるんだよ」


隣でパンを食べていた新倉咲も、興味深そうに顔を上げた。


「ハル、金髪の一年生って、あの菖蒲玲奈さん?」


「名前まで知ってるのか」


「有名だもん。怖いって噂の子でしょ?」


「怖いというか、見た目で損してる感じだったけどな」


昨日、妹の小春を迎えに来た玲奈の顔を思い出す。


鋭い目つきに、少し乱れた制服。初対面の人間なら、確かに近寄りがたいと感じるだろう。


けれど、妹を抱きしめたときの表情は、噂から想像するような人物のものではなかった。


「ハル、もしかして不良少女を更生させる新しい活動でも始めた?」


「何だよ、その迷惑なボランティア」


「だって、ハルって問題のある人間を放っておけないじゃん」


「放っておけないのと、わざわざ問題に首を突っ込むのは別だろ」


「その二つを別々に考えられる人は、杏ちゃんの件でクラス全員を敵に回したりしないと思うけど」


「……咲さん、そこを掘り返すのはやめていただけませんかね」


「はいはい」


咲は楽しそうに笑った。


照平も肩を揺らしている。


まったく、こいつらは人の失敗をいつまでも覚えている。


いや、失敗というより、いつものことなのだろう。困っている人間に手を伸ばして、余計なものまで背負い込む。


自覚があるぶん、反論できないのが腹立たしかった。


「まあ、昨日は迷子の子を家まで送っただけだよ」


「迷子?」


「幼稚園くらいの女の子。玲奈の妹だった」


「……妹?」


咲の表情が変わった。


「えっ、あの菖蒲さんに妹がいるの?」


「いるだろ。あの年齢なら」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


咲は何かを想像したらしく、口元を押さえた。


「家では優しいお姉ちゃん、みたいな?」


「そういう感じだったな」


「うわ、絶対かわいいじゃん」


「本人の前で言うなよ。睨まれるぞ」


「ハルは睨まれても平気そうだけど」


「俺だって怖いものは怖い」


「嘘つけ」


照平の即答に、俺は弁当の卵焼きを口へ放り込んだ。


玲奈のことを話していると、昨日の小春の笑顔まで思い出してしまう。


『ハルちゃん、また来てね!』


あんなふうに真っ直ぐ頼まれると、どうにも弱い。


自分にも妹がいるせいか、小さい子供のお願いは昔の妹を思い出して断りにくいのだ。


もちろん、何でも聞くわけではない。危ないことや無茶なことは止める。


ただ、あの目で見上げられると、断るために必要な精神力が普段の三倍くらいになる。


「……まあ、また会うこともあるだろ」


そう呟いた俺に、照平がニヤリと笑った。


「へえ。『また会うこともある』ねえ?」


「うるせえな」


「別に何も言ってないぞ?」


「顔が言ってるんだよ」


*


放課後。


昇降口で靴を履き替えていると、聞き覚えのある声がした。


「……あ」


振り向く。


廊下の向こうに、金色の髪が見えた。


菖蒲玲奈だ。


一年生の女子数人が少し離れたところから彼女を見ていたが、玲奈は気づいているのかいないのか、壁に寄りかかってスマートフォンを眺めている。


俺と目が合うと、彼女は一瞬だけ気まずそうな顔をした。


それから、こちらへ歩いてくる。


「……よ。一陽パイセン」


「おう。どうした?」


「どうしたって……別に。たまたま通りかかっただけだし」


「ここ、昇降口だけど」


「見りゃ分かるわ」


「そうだな」


会話が終わった。


玲奈は何か言いたそうに口を開きかけ、結局、視線をそらした。


昨日も思ったが、この子は見た目ほど会話が得意ではないらしい。


周りに人がいると、なおさらなのだろう。


「小春ちゃんは元気か?」


その名前を出した途端、玲奈の表情が少しだけ柔らかくなった。


「ああ。元気すぎて困るくらい。昨日も寝る前まで、ハルちゃんの話ばっかしてた」


「俺の話?」


「『ハルちゃん、また来るかな』って。何回聞かれたか分かんねえよ」


「はは……気に入られたもんだな」


「笑い事じゃねえって。あいつ、気に入った相手には遠慮しねえから」


言い方はぶっきらぼうなのに、口元はほんの少し緩んでいる。


妹の話をする玲奈は、昨日と同じだった。


「でも、ありがとな。昨日は助かった。あたしが買い物に行ってる間に、あいつ、店の前で蝶を追いかけてどっか行っちまってさ。見つけたときは本気で焦った」


「無事だったんだから、もういいだろ」


「よくねえよ。あいつに何かあったら……」


玲奈はそこまで言って、唇を結んだ。


その表情を見て、俺は余計な慰めを口にするのをやめた。


大事な人がいなくなるかもしれない。


その可能性を考えるだけで、胸が冷たくなることは俺にも分かる。


「……次からは、もっと気をつける」


「うん。それがいい」


「パイセン、意外と説教くせえな」


「先輩だからな」


「一学年しか違わねえだろ」


「その一学年の差が大事なんだよ」


「何だそりゃ」


玲奈は呆れたように息を吐いた。


けれど、今度は少しだけ笑っていた。


そのとき、玲奈のスマートフォンが震えた家にあるタブレットからのメールだ。


画面を見た彼女は、すぐに表情を変える。


『お姉ちゃん、今日ハルちゃん来る?』


画面を覗いたわけではないが、玲奈の顔だけで相手が誰なのか分かった。


「……あいつ、ほんとに」


玲奈は困ったように頭をかいた。


「小春ちゃんから?」


「そう。昨日、また会いたいって言ってたからさ。母さんにも、ハルちゃんのこと話したらしい」


「お母さんにまで?」


「『優しいお兄ちゃんだった』って。……ったく、どこで覚えたんだか」


玲奈はスマートフォンを操作し、短く返信した。


その横顔を見ていると、ふと気になったことがあった。


「玲奈って、家のことも結構やってるのか?」


「……まあ、普通に」


返事は短かった。


「母さん、仕事で忙しいし。あたしがやれることはやっときたいだけ」


「そっか」


「何だよ。意外か?」


「いや。昨日、小春ちゃんに接してるところを見たら、何となく分かる」


「……ふうん」


玲奈は目を細めた。


「パイセンってさ、変なとこ見てるよな」


「そうか?」


「普通、見た目で判断するだろ。あたしみたいなの、怖いとか、関わりたくねえとか」


「まあ、そういう人もいるだろうな」


「パイセンだって、変な噂だらけじゃん」


「否定はしない」


「なのに、あたしのことは何も聞かねえの?」


「聞いてほしいのか?」


「……別に」


玲奈はそっぽを向いた。


「話したくなったら聞くよ。話したくないなら、聞かない。それだけ」


少しの沈黙が落ちた。


玲奈は俺を見た。


鋭い目つきはそのままなのに、その奥にある警戒心がほんの少し薄れたような気がした。


「……変な先輩」


「よく言われる」


「褒めてねえから」


「知ってる」


また、玲奈は小さく笑った。


その笑顔を見て、俺は思う。


噂なんて、案外、本人を知るための役には立たないものだ。


少なくとも、目の前にいる後輩は、噂だけで決めつけるにはもったいない人間だった。


「じゃ、あたし帰るわ。小春が待ってるし」


「おう。またな」


「……ああ。またな、一陽パイセン」


玲奈は手を軽く上げて、校門へ向かっていった。


その背中を見送っていると、スマートフォンが震えた。


照平からのメッセージだった。


『お前、今、金髪の一年と話してただろ』


続けて、もう一通。


『青春してんじゃねえか、ハル』


「……あいつ、どこから見てやがった」


俺は深いため息をついた。


その頃。


家へ帰った玲奈は、玄関を開けるなり、小さな足音に迎えられていた。


「お姉ちゃん! ハルちゃんは!?」


「帰ってきて早々それかよ!」


「ハルちゃん、また来るって言った?」


「言ってねえ!」


「えーっ!」


小春は頬を膨らませた。


玲奈はその頭を撫で、少し考えてから言った。


「……まあ、また会うことくらいはあるんじゃねえの」


「ほんと!?」


「期待しすぎんなよ」


「やったあ!」


跳ねるように喜ぶ妹を見て、玲奈は苦笑した。


それから、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。


「……あたしも、もう一回くらい話してみてえし」


自分がなぜそう思ったのか。


その理由を、玲奈はまだ考えないことにした。

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