第42話
放課後。
生徒会室には、珍しく人が多かった。
「……なんでこんなにいるんだ?」
朝霞怜司が呟く。
机の周りには、一陽、綾乃、和花。
そして。
「一陽、これ見て」
「後にしろ。今はこっちやってる」
「分かった」
「素直だな」
蓮田杏。
さらに。
「ハル、ここに置けばいい?」
「置く場所違う」
「こっち?」
「それはもっと違う」
「じゃあどこ?」
「俺に聞く前に説明書を読め」
狭山照平。
「ハル、説明書ってどれ?」
「今お前が持ってるやつ」
「ああ、これか」
「なんで分からなかったんだよ」
「文字が多い」
「高校生だろ、お前」
そして。
「ハル、これどうする?」
「それは和花先輩に聞いて」
「和花先輩、これどうするんですか?」
「えっと……」
新倉咲までいた。
怜司は眼鏡を押し上げる。
「……お前たち、普段こんなに騒がしいのか?」
「今日は特に」
一陽が即答した。
「お前は平然としてるな」
「諦めてるだけだ」
「なるほど」
怜司は妙に納得した。
今日の仕事は、学校行事関連の備品確認だった。
生徒会室に届いた備品を種類ごとに分け、各クラスへ渡す。
本来なら、それほど難しい仕事ではない。
ただし。
人が増えれば話は別だった。
「ハル、これ何?」
「模造紙」
「何に使う?」
「知らん」
「じゃあ聞いてくる」
「誰に?」
「知らん」
「お前、本当に何も考えてないな」
「ハルに聞けば何とかなると思ってる」
「ならないから」
照平が笑う。
その隣では杏が段ボールを開けていた。
「一陽」
「何?」
「これ何?」
「……ガムテープ」
「こっちは?」
「ハサミ」
「これは?」
「ホワイトボード用マーカー」
「いっぱいある」
「そうだな」
「面白い」
「そうか?」
杏は楽しそうに備品を眺めている。
咲も横から覗き込む。
「杏ちゃん、これ何に使うんだろうね」
「分からない」
「だよね」
「でも面白い」
「分かる」
「お前ら、仕事しろ」
怜司が言った。
「してるよ?」
咲が答える。
「何を?」
「楽しむ仕事」
「そんな仕事はない」
綾乃が笑い出す。
「怜司君、今日は大変だね」
「会長、笑ってないで手伝ってください」
「手伝ってるよ」
「それ、杏が持ってきたプリンを食べながら言うことじゃないですよね?」
「これは休憩」
「まだ始まって十分しか経ってません」
「じゃあ、十分働いたから休憩」
「小学生ですか?」
和花が苦笑する。
「怜司君、今日は大変ですね」
「副会長まで他人事みたいに……」
「私はちゃんと仕分けしていますよ」
「ありがとうございます」
怜司は少し安心した。
ところが。
「和花先輩」
「はい?」
「これ、どこですか?」
杏が箱を持ってくる。
「えっと……」
和花が確認する。
「これは三年二組ですね」
「分かった」
「杏ちゃん、ありがとう」
「うん」
杏が箱を持っていく。
怜司が感心した。
「蓮田は意外とちゃんと働くんだな」
「一陽がいるから」
「理由になってない」
即座に一陽が突っ込む。
怜司が一陽を見る。
「……大波」
「何?」
「お前、こういう状況に慣れてるな」
「慣れたくて慣れたわけじゃない」
「そうか」
「むしろ俺も被害者だ」
「被害者なのか?」
「そうだ」
一陽は真顔で頷いた。
その時。
「ハル!」
照平の声が響く。
「何だ」
「これ、どっち?」
「それは二年三組」
「こっちは?」
「二年一組」
「これは?」
「三年一組」
「分かりやすいな」
「ラベル見ろ」
「見てる」
「じゃあ聞くな」
「念のため」
「何の念だ」
怜司は額を押さえた。
「……狭山」
「ん?」
「お前は普段、大波とこういう会話をしているのか?」
「いつも」
「そうか」
「面白いだろ?」
「面白いというより疲れる」
「慣れるって」
「俺は慣れたくない」
一陽が即答した。
「大波」
「何?」
「お前も同じこと言ってるじゃないか」
「それはそう」
綾乃が笑う。
「なんか二人とも仲良いね」
「会長」
「何?」
「その評価、今はどうでもいいです」
「照れなくてもいいのに」
「照れてません」
「大波君、最近そればっかりですね」
和花まで笑う。
「……俺、そんなに分かりやすいですか?」
「はい」
和花が即答した。
「副会長まで……」
怜司はそんな一陽を見て、少しだけ笑った。
以前の自分なら、大波一陽という人間はもっと近寄りがたい人物だと思っていた。
正論で相手を追い詰める。
問題を起こす。
妙に喧嘩が強い。
そんな噂ばかり聞いていた。
だが。
「……全然違うな」
「何が?」
隣にいた一陽が聞く。
「いや」
怜司は首を振る。
「何でもない」
「そうか」
それ以上、一陽は聞かなかった。
しばらくして、備品の仕分けも終盤に入る。
「よし」
怜司がリストを確認する。
「残りはこの箱だけだ」
「じゃあ、俺がやります」
一陽が立ち上がる。
「待て」
怜司が止めた。
「俺もやる」
「別に一人で――」
「前みたいに全部一人でやろうとするな」
「……」
一陽が黙る。
「今回の仕事は二人でやった方が早い」
「まあ、それはそうだな」
二人で最後の箱を運ぶ。
それを見ていた綾乃が、にやりと笑った。
「仲良くなったね」
「だから、そういう言い方やめてください」
照平が腹を抱えて笑った。
「ハル、完全にやられてんじゃん」
「うるさい」
「大波、弱点増えたな」
「増やしてない」
「増えたよ」
咲も笑う。
杏も一陽の袖を引っ張った。
「一陽」
「何?」
「プリン」
「まだ食べるのか?」
「うん」
「今日何個目だ?」
「分からない」
「……まあいいけど」
「やった」
怜司はその光景を眺めていた。
「大波」
「何?」
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「お前、本当に生徒会に入るつもりはないのか?」
「ありません」
「即答だな」
「俺には向いてない」
「そうか?」
怜司は少し考える。
「俺は向いていると思う」
「どこが?」
「人の話を聞くところ」
「俺が?」
「ああ」
「……」
「自分の意見を押し通すだけなら、今回の問題は解決していない」
一陽は黙って怜司を見る。
「お前は人の話を聞いて、それを組み合わせている」
「それは問題解決のためだろ」
「それが生徒会に必要なんじゃないか?」
「……」
一陽は少しだけ考えた。
「まあ」
そして。
「考えるだけなら」
「またそれか」
綾乃が笑う。
「そのうち『考えるだけ』が『入る』になるよ」
「なりません」
「どうかな?」
和花も微笑む。
「大波君なら、きっと馴染みますよ」
「もう十分馴染んでると思うけど」
咲が言った。
「確かに」
照平も頷く。
「俺もそう思う」
「お前らまで……」
杏がプリンを食べながら言う。
「一陽、生徒会入れば?」
「杏まで言うのか」
「うん」
「理由は?」
「一陽がいると楽しいから」
「……」
一陽は返事をしなかった。
ただ。
少しだけ、笑った。
怜司はその表情を見て、眼鏡を直した。
「……なるほどな」
「何が?」
「いや」
怜司は少しだけ笑う。
「大波の周りに人がいる理由が、少し分かった気がする」
「俺自身、よく分かってないんだけど」
「それでいいんじゃないか?」
「……そうかもな」
夕方の光が、生徒会室の机を照らしていた。
騒がしくて。
予定通りには進まなくて。
仕事の半分くらいは雑談になっていて。
それでも。
誰かと一緒にやる仕事は、思っていたより悪くなかった。
朝霞怜司は最後の書類を閉じる。
「今日の仕事は終わりだ」
「やった」
杏が小さく喜ぶ。
「じゃあ帰ろうぜ、ハル」
「そうだな」
「大波君、明日も来る?」
綾乃が尋ねる。
一陽は少し考えた。
「……まあ、暇なら」
「暇じゃなくても来てね」
「それは強制じゃないですか」
「生徒会長命令」
「権力の使い方がおかしい」
また笑い声が響く。
怜司はその光景を見ながら、ふと思った。
――自分も、ここにいることを少し楽しんでいる。
そして。
それを認めるのは、案外悪くなかった。




