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俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
日常編3

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第41話

翌日の放課後。


 大波一陽は、生徒会室で一枚のプリントを眺めていた。


「……これ、今日中に必要ですか?」


「うん」


 御影川綾乃が答える。


「明日の朝でもいい?」


「駄目」


「ですよね」


 一陽はため息をつき、机に向き直った。


 隣では朝霞怜司が別の書類を確認し、鶴ヶ島和花は提出された書類を種類ごとに分けている。


 杏が帰ってから少し静かになった生徒会室。


 ――いや。


 静かというより、普通だった。


「こういうのも悪くないな」


 一陽が小さく呟く。


「何が?」


 綾乃が聞き返す。


「いや、独り言です」


「大波君、最近独り言増えた?」


「会長が拾うから増えたように感じるだけです」


「なるほど」


「納得するんですか」


 そんなやり取りをしていた時。


 ――コンコン。


 扉が叩かれた。


「どうぞ」


 和花が返事をする。


 扉が開く。


「失礼します」


「こんにちは」


 入ってきたのは、海老名美月と海老名凪だった。


 一陽が顔を上げる。


「……先輩?」


「こんにちは、大波君」


 美月が微笑む。


「凪が生徒会に用事があると言うので、付き添ってきました」


「私は別に一人でも来られますけど」


「そう言いながら道を間違えるでしょう?」


「今日は間違えてません」


「途中で二回、私に聞いたじゃない」


「それは確認です」


「道を聞いた時点で確認じゃないと思う」


 一陽は小さく笑った。


「何の用事ですか?」


 凪が一枚のプリントを取り出す。


「これです。クラスで回ってきたんですけど、ちょっと分からないところがあって」


「ああ、それなら――」


 一陽が立ち上がろうとすると。


「大波君が説明するの?」


 綾乃が割り込んだ。


「え?」


「私が説明してもいいよ」


「会長が説明した方がいいでしょう」


「でも大波君の方が分かりやすいと思う」


「……」


 美月が少し驚いた顔をする。


「大波君、すっかり生徒会の一員みたいですね」


「一員ではないです」


「でも普通に仕事してますよね?」


「手伝ってるだけです」


「それを普通は仕事してるって言うんじゃない?」


 凪が首を傾げる。


「大波先輩って、生徒会でもそんな感じなんですか?」


「そんな感じとは?」


「なんというか……」


 凪は一陽を見る。


「偉そうというか…」


「失礼だな」


「冗談ですよ」


「……冗談って便利だな」


 綾乃が吹き出す。


「大波君、ここでも同じ様なこと言われてるね」


「会長は楽しそうですね」


「うん、楽しい」


「人の評判を娯楽にしないでください」


 和花が笑いながら口を挟んだ。


「大波君は、生徒会では結構頼りになりますよ」


「そうなんですか?」


 凪が驚く。


「はい。問題があると、すぐに全体を見てくれます」


「……」


 一陽は少し居心地が悪くなった。


「そこまで持ち上げなくていいですよ」


「持ち上げてませんよ」


 和花が微笑む。


「本当のことです」


 美月も一陽を見る。


「大波君」


「はい」


「ちゃんと頼られているんですね」


「……まあ」


 少しだけ考えて、一陽は答えた。


「最近は、そうかもしれません」


 その言葉に美月は安心したように笑った。


「それなら、よかったです」


「何がですか?」


「大波君が一人で何でも背負っているわけではなさそうなので」


「……」


 一陽は返事をしなかった。


 綾乃がその横顔を見て、少しだけ笑う。


「そうなんだよ」


「会長?」


「大波君、前は何でも一人でやろうとしてたから」


「余計なことを言わないでください」


「だが最近は、ちょっと変わったな」


 怜司も書類から顔を上げた。


「確かに」


「朝霞まで?」


「以前より人に任せるようになった」


「……そう見えますか?」


「ああ」


 怜司は淡々と答えた。


「悪い変化ではない」


 美月はその言葉を聞いて、一陽を見る。


「大波君」


「はい」


「よかったですね」


「……何がですか?」


「いえ」


 美月はそれ以上言わなかった。


 代わりに凪がプリントを一陽へ差し出した。


「大波先輩、これどういう意味ですか?」


「……切り替えが早いな」


「分からないので」


「はいはい」


 一陽はプリントを受け取った。


「ここは、この欄を見ればいい。要するに――」


 説明が始まる。


 綾乃は横から眺め、和花は静かに聞いている。


 凪は何度か質問し、美月はその様子を少し離れたところから見ていた。


 しばらくして。


「分かりました」


「ならよかった」


「ありがとうございます、大波先輩」


「どういたしまして」


 凪が笑う。


「なんか、本当に生徒会の人みたいですね」


「だから違うって」


「でも」


 凪は生徒会室を見渡した。


「ここにいるの、自然です」


「……」


 一陽は何も言わなかった。


 その代わり、綾乃が楽しそうに口を挟む。


「ね?」


「会長は黙っててください」


「大波君、照れてる?」


「照れてません」


「二回目」


「言わせたいんですか?」


「ちょっと」


「性格悪いですよ」


 和花がくすくす笑う。


 その時、美月がふと机の上を見た。


「……これ」


「何です?」


「プリンの容器ですね」


「……」


 昨日、杏が食べたものだった。


「杏ちゃんですね?」


「よく分かりましたね」


「以前、大波君と一緒にいた時もプリンを持っていましたから」


「すごいですね」


 綾乃が笑う。


「杏ちゃん、大波君にかなり懐いてるからね」


「そうなんですか?」


 凪が反応する。


「はい。昨日も生徒会室に来ていましたよ」


「大波先輩、杏ちゃんまで生徒会に連れてきてるんですか?」


「俺が連れてきたわけじゃない」


「でも来るんですね」


「来ます」


「懐かれてますね」


「……まあ」


 美月が少し微笑む。


「大波君、賑やかになりましたね」


「……そうですね」


 一陽は部屋を見渡した。


 綾乃。


 和花。


 怜司。


 そして、今は美月と凪。


 教室には照平や咲がいる。


 杏も、最近はよく来る。


 以前の自分なら、こんな状態は絶対に避けていた。


 人が増える。


 関係が増える。


 それだけ、自分が誰かを傷つけたり、誰かに迷惑をかけたりする可能性も増えると思っていた。


 だから、距離を取る方が楽だった。


 けれど。


「……まあ」


 一陽は小さく呟く。


「悪くないか…」


「何が?」


 美月が尋ねる。


「いえ」


 一陽は少しだけ笑った。


 凪が首を傾げる。


「何ですか?」


「何でもない」


「気になります」


「気にするな」


「大波先輩、ずるいです」


 綾乃が笑う。


「大波君、後輩に絡まれてるね」


「誰のせいですか」


「私?」


「そうです」


「じゃあ責任取って、今日の仕事手伝ってあげよう」


「それとこれとは話が別でしょう」


「じゃあ大波君が一人でやる?」


「もともと生徒会の仕事でしょう…」


 一陽は綾乃を見る。


 そして、怜司を見る。


 和花を見る。


 最後に美月と凪を見る。


「……朝霞」


「何だ?」


「この書類、手伝ってくれ」


「ああ」


「和花先輩は、こっちお願いします」


「分かりました」


「会長は――」


「私は大波君と一緒にやる」


「……」


 一陽は諦めたように息を吐いた。


「じゃあ、それで」


 美月がその様子を見て、静かに笑う。


 以前の一陽なら、全部一人で終わらせようとしていた。


 今は違う。


 誰かに頼んで。


 誰かに頼られて。


 その程度の距離感が、少しずつ分かってきている。


「大波君」


「はい?」


「楽しそうですね」


「……そう見えます?」


「はい」


 一陽は少し考えた。


 そして。


「なら、そうなんでしょうね」


 そう答えた。


 窓の外では、夕日が校舎の屋根を赤く染めている。


 凪がプリントを抱えて帰り支度をし、美月がその隣に立つ。


「では、失礼します」


「またね、大波君」


「はい。気をつけて帰ってください」


「大波先輩も」


「はいはい」


 扉が閉まる。


 静かになった生徒会室。


 綾乃がぽつりと言った。


「ねえ、大波君」


「何です?」


「もう完全にここ、居場所になってるよね」


「……」


 一陽は少しだけ考えた。


「……そういうことにしておきます」


「うん」


 綾乃は嬉しそうに笑った。


 その言葉を聞きながら、一陽は机の上のプリントを手に取った。


 以前なら、居場所なんて必要ないと思っていた。


 一人でいられるなら、それで十分だった。


 けれど今は。


 騒がしくて。


 面倒で。


 時々、うるさすぎるくらいで。


 それでも。


 誰かがいる場所を、少しだけ好きになり始めていた。

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