↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
日常編3

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/54

第40話

放課後。


 西日の差し込む廊下は静かだった。大波一陽は生徒会室の扉を開ける。


「失礼します」


「お、来たね、大波君」


 御影川綾乃が顔を上げた。


「今日は何ですか?」


「特にないよ」


「……帰っていいですか?」


「駄目」


「理不尽だ」


 いつものやり取りを交わしながら、一陽は空いている席に座った。


 机の上では、鶴ヶ島和花が生徒会の資料を整理している。


「こんにちは、大波君」


「こんにちは、和花先輩」


「今日は普通に来てくれましたね」


「前回までは俺、何だと思われてたんですか?」


「ちょっとだけ、来ないかもしれない人かなって」


「それは否定できませんね」


 朝霞怜司が書類から顔を上げた。


「だが、最近は来る頻度が増えたな」


「……会長に捕まってるだけだ」


「それを来ていると言うんだよ」


 綾乃が笑う。


 以前なら、生徒会室など自分には関係のない場所だった。それが今では、放課後に自然と足を運ぶようになっている。


 とはいえ。


「……何か変だな」


「何が?」


「いや。何でもありません」


 その時、扉が叩かれた。


「どうぞー」


「一陽〜」


 一陽は固まった。


「こんにちは」


 顔を出したのは蓮田杏だった。両手には小さな袋があり、甘いプリンの匂いが室内に広がる。


「何しに来た?」


「遊びに来た」


「ここ、生徒会室なんだけど」


「知ってる」


「なら、もう少し場所を考えような?」


「一陽がいるから大丈夫」


「その理屈やめようか」


 杏は当然のように部屋へ入り、一陽の隣に座った。


「狭い」


「大丈夫」


「またそれか」


 和花がくすりと笑う。


「杏ちゃん、こんにちは」


「こんにちは、和花先輩」


「覚えてくれてたんですね」


「うん。一陽のところにいる人」


「説明が雑だね」


 怜司が眼鏡を押し上げた。


「蓮田、ここは生徒会室だ。あまり騒がないようにな」


「うん」


「素直だな」


「一陽がいるから」


「俺を基準にするな」


 綾乃が袋を覗き込む。


「ところで、その袋はなんだい?」


「プリン」


「君は本当にプリンが好きなんだね」


「うん」


 杏は袋からプリンを取り出し、もう一つを和花に差し出した。


「和花先輩にも」


「私に? どうして?」


「いつも優しいから」


 和花は目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。


「ありがとう、杏ちゃん」


「どういたしまして」


 一陽はその様子を見て、少しだけ目を細めた。


 杏は人に懐くのが早い。誰にでも同じというわけではないが、気に入った相手には驚くほど素直に距離を縮める。今日は、どうやら和花がその対象らしい。


「大波君」


「何ですか?」


「杏ちゃんって、可愛いですね」


「……まあ、小動物的な意味で」


「何その微妙な返事」


「本人の前で言うと調子に乗るので」


「乗らない」


 杏が即座に否定する。


「乗るだろ」


「乗らない」


「じゃあプリン一個増やして」


「それは乗ってるだろ」


「違う」


 和花が笑い、綾乃は机に突っ伏した。


「大波君、完全に負けてるね」


「会長は仕事してください」


「今日はもう終わったから」


「なら帰ってください」


「ここ、私の生徒会なんだけど?」


「そうでした」


 和花が杏に尋ねた。


「杏ちゃんは、甘いものが好きなんですか?」


「うん。プリンが一番」


「では、今度おすすめのお店を教えましょうか?」


「行く」


「即答だ」


 怜司が呟く。


「和花先輩、優しい」


「そう?」


「うん」


 杏は嬉しそうに笑った。


 その様子を見ていた一陽は、ふと思う。


 杏が誰かと自然に話している。それだけのことなのに、妙に安心する。


 以前なら、杏の周りで何か起きていないか、必要以上に気にしていた。今も心配ではある。だが、自分だけが杏を守る必要はない。そう思えるようになっていた。


「一陽」


「何?」


「プリン買ってきてくれる?」


 杏が空のプリン容器を差し出してくる。


「さっき自分の分食べてただろ」


「和花先輩と話してたら、もう一個食べたくなった」


「それ、俺にどうしろと?」


「買ってきて」


「なんで俺が」


「一陽だから」


「便利な言葉だな、それ」


 和花が小さく笑った。


「大波君、買ってきてあげたらどうです?」


「和花先輩まで杏側に回らないでください」


 綾乃が立ち上がる。


「じゃあ、私も行こうかな」


「会長は仕事してください」


「もう終わったって」


「……じゃあ俺が買ってきます」


「やった」


 杏が嬉しそうに笑う。


「ただし一個だけな」


「二個」


「一個」


「二個」


「……一個半」


「分かった」


「そこ納得するのかよ」


 怜司が呆れたように笑った。


「お前たちは、ずいぶん息が合っているな」


「そういう言い方はやめてください」


 一陽が出ていくと、杏は和花の隣に座った。


「和花先輩」


「はい?」


「また来てもいい?」


「もちろんです。いつでも来てください」


「じゃあ、また来る」


「はい」


 杏は嬉しそうに頷いた。


 綾乃が和花に近づく。


「和花、すっかり懐かれたね」


「そうですね」


「大波君と同じ位仲良しなんじゃないか?」


「大波君は自分から距離を離すことがありますから」


「確かに」


 和花は杏を見る。杏は机の上のプリントを眺めながら、鼻歌を歌っていた。


「でも、大波君の尽力で杏ちゃんがこうして普通に笑っていられるのは、いいことですね」


「うん」


 やがて扉が開いた。


「戻りました」


 一陽が戻ってくる。


「早い」


「近いからな」


「プリン」


「はい」


 杏が受け取る。


「ありがとう、一陽」


「どういたしまして」


 その言葉が、思ったより自然に出た。一陽は少しだけ驚いた。


 昔なら、誰かに何かをしてやった時、必ず理由をつけていた。頼まれたから。仕方がないから。放っておくと面倒だから。


 けれど今は、そこまで理由を探さなくてもいい気がした。


「一陽」


「何?」


「また明日も来るね」


「……まあ、好きにしろ」


「うん」


 杏はプリンを食べ始める。和花は微笑み、怜司は書類を整理し、綾乃は次の仕事を確認している。


 誰かが特別なことをしているわけではない。ただ、放課後の生徒会室に、人が集まっているだけだ。


 一陽は自分の席に戻り、ふと周囲を見渡した。


 以前なら、この場所を「自分とは関係のない場所」だと思っていただろう。


 でも今は。


「……ここ、意外と落ち着くな」


「でしょ?」


 綾乃が笑った。


「勝手に答えないでください」


「でも本当でしょ?」


「……否定はしません」


 和花が微笑む。


「それなら、よかったです」


 生徒会室には、プリンの甘い匂いと、くだらない会話が残っていた。


 大波一陽は、そんな放課後を――。


 少しだけ、悪くないと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。