第37話
次に向かったのは、二年四組だった。
ここも体育館を使う予定だが、二年二組とは事情が違った。
「うちは、体育館じゃないと困ります」
代表らしい女子生徒が即答した。
「実演があるので、教室では狭すぎます。多目的ホールでもできますが……」
「何か問題が?」
「毎年、二年四組を見に来る三年生が多いんです。楽しみにしてくれていて」
一陽は資料を確認した。三年生の一部が毎年参加している。二年生だけで予定を組み直しても、三年生に影響が出る。
「三年生側の予定も見せてもらえますか?」
「実は、一年生側にも問題がある」
怜司が別の資料を開いた。
「一年一組が体育館のステージを使う予定だ。当初は短時間だったが、三年生の観客が増える可能性が出ている」
一陽は資料を見つめた。
一年生、二年生、三年生。それぞれの事情が学年間で繋がっている。
「二年二組を動かせば三年生に影響し、二年四組を動かせば一年生に影響する」
「そういうことだ」
「学年ごとに予定を管理しているから、余計に複雑になっているんじゃないか?」
怜司が顔を上げる。
「参加する側は学年で分かれていない。なら、予定表も一つにまとめればいい」
「量が多すぎる」
「企画を全部載せる必要はない。見るべきなのは、企画側の都合より観客の動きだ」
一陽は紙に三本の線を引いた。
「例えば、一年一組を十三時から体育館で行い、その後、二年四組を十三時四十分から見る。観客はその間に移動する」
「体育館に空き時間ができるぞ」
「空いていい。空白があれば人が移動できる。一か所への集中も避けられる」
怜司が頷いた。
「空白時間を交通整理に使うのか」
「ああ。ただし、学年を跨いだ調整が必要だけどな」
「誰がやる?」
「生徒会と各学年の代表。各学年から条件を出してもらい、生徒会でまとめる」
和花が頷いた。
「それなら、生徒会が勝手に予定を変えたという印象も薄くなりますね」
「決めるのは生徒会。でも、材料は各学年から出してもらう」
怜司が眼鏡を押し上げた。
「もっと無茶な案を出すと思っていた」
「俺を何だと思ってるんだ」
「噂では、問題を起こす人間だ」
「問題が俺のところに来てるだけだよ」
綾乃が笑った。
「決まりだね。一年生、二年生、三年生、全部繋げよう」
「言い方が悪い」
「じゃあ、全部巻き込もう」
「もっと悪くなった気がする」
「でも、いい案だと思います」
和花が微笑む。
「本当の意味で校内交流になりますから」
一陽は教室の外を見た。
今までの計画は学年ごとに閉じていた。だから、どこかが動けば別の場所が崩れる。
「ただし、条件があります」
「何?」
「生徒会の名前で一方的に押し付けないこと。みんな、自分たちの準備が無駄になるのを怖がっている。『従え』ではなく、『こうすれば準備をそのまま使える』と説明するんです」
怜司が頷いた。
「俺も各学年の代表との話し合いに同席する。今回の予定表をまとめた側だからな」
一陽は周囲を見回した。会長の綾乃、副会長の怜司、書記の和花。生徒会の主要なメンバーは、今ここに揃っている。
「そういえば、生徒会の他のメンバーはいないんですか?」
「いるよ。ただ、別の作業を任せている」
綾乃が答えた。
「会場の備品確認や各クラスへの連絡、申請書類の整理をしてもらってる。全員をこっちに連れてくるより、役割を分けた方が効率がいいからね」
「なるほど。だから、ここには来ていないんですね」
「必要になれば呼ぶけど、今はそれぞれの仕事を進めてもらってる」
「俺なら面倒で逃げる」
「一陽はもう会長に捕まっているから逃げられない」
「それもそうだった」
綾乃が満足そうに笑った。
「じゃあ、次は一年生だね」
◇
一年生のフロアへ向かうと、生徒会長、副会長、書記、そして二年生の一陽という組み合わせだけで目立った。
「例の問題を起こした先輩じゃない?」
廊下から声が聞こえる。一陽は聞こえないふりをした。
やがて一年生の代表者たちと合流する。
「この企画で、絶対に変えられない部分は?」
「ステージです」
「観客数は?」
「できれば多い方が。三年生も見に来てくれるので」
「時間は変えられますか?」
「少しなら」
「なら、今の予定を守るより、準備したものを無駄にしないことを優先しましょう」
一年生たちは顔を見合わせ、頷いた。
その場を離れると、綾乃が笑った。
「大波君って、思ったより人の話を聞くよね」
「問題を解決するなら、当然でしょう」
その時、廊下の向こうから三年生の集団が歩いてきた。
「三年側もかなり揉めてるよ。二年四組と時間が被ってるし」
「やっぱり、三年生も二年四組を見たいんですね」
綾乃が頷く。
一陽は校内図を広げた。
「学年ごとの企画を順番に並べるんじゃなく、最初から混ぜた方がいい」
「一年生、二年生、三年生を?」
「はい。一年生の企画の隣に三年生、その次に二年生。学年をばらけさせれば、一か所に人が集中しません」
怜司が地図を見る。
「観客が自然に校内を移動する」
「そうです」
一陽は三年生たちに尋ねた。
「皆さんが絶対に見たい企画は?」
「二年四組と一年一組」
「逆に、三年生の企画で下級生に来てもらいたいものは?」
三年生たちは顔を見合わせた。
「……結構ある」
「ですよね」
ようやく見えてきた。
これは時間が足りない問題ではない。全員が自分の予定を守ろうとするから、予定同士がぶつかっている。
なら、予定を守ったまま全体を動かせばいい。
「朝霞。生徒会室に戻ったら、全部の企画を一枚にまとめよう。学年別じゃなく、校内全体の地図に」
「分かった」
「綾乃先輩、各学年の代表を集めてもらえますか?」
「任せて」
「和花先輩は、各企画の『絶対に変えられない条件』を整理してください」
「分かりました」
三人が動き始める。
最初は面倒なだけだと思っていた。けれど、今は少し楽しくなってきている。
誰かを負かす必要も、予定を奪う必要もない。全員が少しずつ見方を変えればいい。
「珍しいな」
怜司が隣に立った。
「何が?」
「君が楽しそうだ」
一陽は校内図を見ながら笑った。
「たまには、全員が得する問題解決も悪くないだろ」
怜司はしばらく黙り、小さく頷いた。
「……そうだな」
ただし、この時の一陽は知らなかった。
全学年を巻き込んだことで、表に出ていなかった別の問題まで浮かび上がることを。
そして、その問題こそが、交流フェスティバルを本当の意味で難しくすることになる。




