第36話
生徒会室を出て、体育館へ向かう。
先頭を歩く綾乃は、やけに機嫌がいい。
「大波君、何か思いついた?」
「まだ何も」
「じゃあ、どうしてそんな顔してるの?」
「考えてる顔です」
「難しい顔じゃなくて?」
「人を勝手に難しい顔に分類しないでください」
「ごめんごめん」
全然悪びれていない。
その後ろを和花と怜司が歩いている。
怜司は手元の資料と校内の配置図を交互に見ていた。
「体育館の使用予定は、二年二組の発表が十三時から。二年四組が十四時から。その間にバスケットボール部の練習が入っている」
「練習、必要なんですか?」
「大会が近いらしい」
「じゃあ、そこを動かすのは難しいな」
「そう。だから二年二組か二年四組を動かす必要がある」
「……それだけ?」
怜司が顔を上げた。
「何?」
「さっきから時間の話しかしていないなと思って」
「時間の問題だろ?」
「本当に?」
一陽は立ち止まり、廊下の窓から体育館を眺めた。
「二年二組の発表って、何人くらい来る予定?」
「確か、百人以上を想定している」
「二年四組は?」
「こちらも同程度」
「じゃあ、バスケ部は?」
「部員は二十人程度だが、見学者が出る可能性もある」
一陽は配置図を受け取った。
体育館、多目的ホール、視聴覚室、中庭、校舎一階の廊下。いくつかの場所に予定が書き込まれている。
「……変ですね」
「何が?」
「このイベントって、何のためにやるんですか?」
「校内交流。クラスや部活が出し物をして、他の生徒が自由に見て回る」
「なら、なんで全部を時間で管理してるんです?」
綾乃が瞬きをし、怜司も黙った。
「今の予定表って、『どの団体がいつ体育館を使うか』しか考えてないですよね」
一陽は配置図を指でなぞる。
「でも、見に来る側からしたら、体育館で何をやっているかだけが重要じゃない」
「体育館を使える時間には限りがある」
「だから、体育館を使うものと、使わなくてもいいものを分けるんです」
一陽は配置図を裏返した。
「二年二組の発表が体育館じゃないとできない理由は?」
「大人数を収容するため……かな」
「なら、体育館に来る人間を減らせばいい」
「どうやって?」
「発表を一回にまとめない。体育館を目的地にしないんです」
一陽は校内図の各場所を指差した。
「二年二組は体育館でメイン発表。二年四組は多目的ホール。バスケ部は中庭側。視聴覚室では別の企画。それぞれを同時刻にやる」
綾乃が首を傾げる。
「でも、それだと結局、人が集中するんじゃない?」
「だから、案内を変える。『十三時から体育館で二年二組』じゃなくて、『十三時から第一ルート、第二ルート、第三ルート』のように分ける」
怜司が顔を上げた。
「観客を分散させるのか」
「そう。イベントそのものを『時間割』から『回遊型』に変える」
「しかし、見たいものが重なった場合は?」
「回る順番を自由にする。今の予定は、全員が同じ時間に同じ場所へ行く前提になっている。それをやめるんです」
綾乃が腕を組んだ。
「つまり……」
「時間を奪い合うんじゃなくて、予定表の見せ方を変える」
「面白い」
綾乃が笑った。
「まだ案の段階です」
「いや、かなり面白いよ」
「会長、落ち着いてください」
怜司が資料を見直す。
「これなら、各団体の予定を大きく変えずに済む。体育館の使用時間も大幅には変えなくていい」
「ただし、全団体の了承と、掲示物や放送、誘導係の作り直しが必要になる」
「だから今から聞きに行くんですよ」
「今から?」
「予定表を直す前に、現場の人間に聞く。『時間を変えられますか』じゃなくて、『何なら変えられますか』って」
怜司はしばらく黙っていた。
「……なるほど」
綾乃が笑う。
「怜司君、大波君のこと、ちょっと見直した?」
「まだ判断は早いです。少なくとも、噂だけで判断する必要はなさそうですが」
「へえ、素直になったなあって」
「会長は黙っていてください」
和花が小さく笑った。
「二人とも仲良くなりましたね」
「どこを見てそう思ったんですか?」
「言い合えるようになったところでしょうか」
「俺、まだ一時間も一緒にいませんけど」
「人間関係って、時間だけじゃないですよ」
体育館に着く。
中では、二年二組の生徒たちが発表用の道具を運び込んでいた。
「お、会長じゃん」
「生徒会が来たぞ」
「予定変更?」
何人かが不安そうな顔をする。
その反応を見て、一陽は少しだけ目を細めた。
やはり、問題は予定表だけじゃない。
彼らはすでに、また何か変えられると思っている。
「変更の話をしに来たわけじゃありません。少し聞きたいことがあります」
一陽が先に口を開いた。
「この発表、絶対に体育館じゃなきゃできない部分って、どこですか?」
「え?」
「全部じゃなくていいです。絶対に必要なものだけ教えてください」
二年二組の生徒たちは顔を見合わせた。
やがて、一人の男子が答える。
「……実は、映像を大画面で流したいだけ」
「他は?」
「寸劇だから、多少広ければいい」
「じゃあ、多目的ホールでもできる?」
「……できるかも」
「音響は?」
「持ち込める」
「観客は?」
「百人くらい来てほしい」
「百人全員が同時に来る必要は?」
「……ない」
一陽は頷いた。
「ありがとうございます」
「え?」
「それだけです」
一陽は次の場所へ歩き出した。
綾乃が慌てて後を追う。
「ちょっと、大波君。今ので何が分かったの?」
「体育館が絶対に必要なのは、映像を見せる場面だけです。観客も分散できる」
「まだ確定じゃないのに?」
「だから、次を聞きに行くんです」
「会長、楽しそうですね」
「楽しいよ」
「俺は疲れてきました」
「まだ始まったばかりだぞ」
怜司の冷静なツッコミが飛んでくる。
一陽は振り返った。
「朝霞、俺が途中で逃げたら止めてくれ」
「……なぜ俺なんだ」
「一番まともだから」
「それは褒め言葉として受け取っていいのか?」
「たぶん」
「会長と同じことを言うな」
綾乃が吹き出し、和花も楽しそうに笑う。
その様子を見ながら、一陽は再び校内図へ目を落とした。
問題は、予定が重なっていることではない。
全員が、
『同じ時間に、同じ場所で、同じことをする』
という前提に縛られていることだ。
なら、その前提を壊せばいい。
予定を変えるのではなく、予定表の意味を変える。
「……これ、絶対に揉めるな」
一陽が呟く。
「どうして?」
綾乃が聞く。
「今までの予定を前提に準備してきた人たちからしたら、急にやり方を変えると言われても納得しないでしょう」
「じゃあ、どうする?」
「変えません」
「え?」
「予定は基本、そのまま。変えるのは、予定の組み方じゃなくて、見せ方です」
一陽は校内図を折り畳んだ。
「現場に『何なら変えられるか』を聞いて、できる範囲でルートを組む。誰か一人を動かすんじゃなく、全体を回遊型にする」
綾乃が目を丸くした。
怜司は黙って一陽を見る。
和花だけが、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
「……なるほど」
その声には、ほんの少しだけ期待が混じっていた。
そして一陽は思う。
やっぱり。
生徒会なんて、ろくな場所じゃない。
――でも。
こういう面倒なら、少しだけ付き合ってもいいかもしれない。
少なくとも今は、誰か一人を悪者にして終わらせる必要がないのだから。




