↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
日常編2

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/54

第34話

月曜日。


 朝の教室は、机の脚が床を擦る音や、椅子を引く音で絶えずざわめいていた。窓から差し込む白い光が、黒板の端や机の天板を細く照らし、舞い上がった埃を淡く浮かび上がらせている。あちこちで笑い声が弾み、廊下からは教師に呼び止められた生徒の声が聞こえた。


 その中で、一陽は自分の席に座り、頬杖をついて窓の外を眺めていた。背中には、近くの席から向けられる視線が時折刺さる。誰かが小声で話すたび、その声が自分のことではないかと、耳だけが勝手に拾ってしまう。


「……眠い」


 休日に少し歩きすぎた。商店街を回り、本屋に寄り、帰りには余計な菓子まで買わされた。


 楽しかったのは間違いない。けれど、普段より人と話したせいか、妙に疲れていた。


「ハル」


 背後から声がする。


「ん?」


 振り返ると、照平が立っていた。


「何だ、その顔」


「月曜日の顔」


「意味分かんない」


「俺にも分からない」


 照平は一陽の机に手をついた。


「昨日、何してた?」


「買い物」


「誰と?」


「人間」


「そういう聞き方してない」


「じゃあ、二足歩行する生命体」


「余計分かんねえよ」


 そこへ咲がやって来た。


「朝から何やってるの?」


「ハルが会話を成立させてくれない」


「いつものことでしょ」


「咲までひどくない?」


「ハルだから」


「理由になってない」


 三人で笑う。


「そういえば」


 咲がふと思い出したように言った。


「杏ちゃん、今日は朝から元気だったよ」


「そうか」


「何かあったのかな」


「知らない」


「本当に?」


「本当に」


 一陽が窓の外へ視線を戻した、そのときだった。


「一陽!」


 教室の後ろから声がした。


 杏だった。自分の教室が違うのに、わざわざ一陽の教室まで来たらしい。入口付近にいた何人かの生徒が振り返り、杏と一陽を交互に見ている。その視線に気づいても、杏はまるで気にしていなかった。


「何だ?」


「これ!」


 杏が小さな袋を差し出す。


「何?」


「昨日買ったプリン」


「何で持ってきた」


「一陽に見せるため」


「食べたのか?」


「まだ」


「何で?」


「一陽が一緒に食べるって言ったから」


「……俺、そんな約束したか?」


「してない」


「じゃあ、何で待ってるんだよ」


「一陽なら一緒に食べてくれると思ったから」


「その信頼、別のところに使えないのか?」


「使えるよ」


「例えば?」


「一陽がまたプリン買ってくれるって信じる」


「悪化してる」


 杏が笑う。教室の入口から見ていた咲も、つられて微笑んだ。


「元気そうじゃん」


「うん!」


 杏は胸を張った。


「一陽がいるから!」


「……そういうことを堂々と言うな」


「何で?」


「恥ずかしい」


「一陽でも恥ずかしいことあるんだ」


「あるわ」


「意外」


「お前ら、俺を何だと思ってるんだ」


 照平が横から口を挟む。


「問題解決屋」


「違う」


「人助け大好きマン」


「もっと違う」


「プリン屋」


「それは杏だけだろ」


「一陽、プリン屋なの?」


「違う!」


 教室に笑い声が広がった。一陽も、つられて口元を緩める。周囲でこちらを見ていた生徒たちの視線も、いつの間にか別の会話や朝の支度へと散っていった。


 学校での噂は、まだ消えていない。廊下を歩けば、視線を感じることもある。


 けれど、こうして周りにいる人間たちは、以前と何も変わらない。


「一陽」


 杏が袖を引く。


「ん?」


「今日も一緒に帰ろ」


「また?」


「また」


「前も言っただろ」


「今日も言う」


「……分かった」


「やった!」


 杏が嬉しそうに笑う。


 一陽は小さく息を吐いた。


「じゃあ、帰りにプリン買うか」


「本当!?」


「一個だけ」


「二個!」


「一個」


「二個!」


「一個半」


「そんなのあるの?」


「気持ちの問題だ」


「じゃあ二個!」


「交渉成立してないぞ」


 また笑い声が起こる。


 教室の窓から差し込む朝の光が、机の上を照らしていた。


 以前と同じ学校。


 以前と同じ日常。


 ただ、一つだけ違う。


 一陽の周りには、少しずつ自分のことを知ってくれる人が増えていた。


 そして一陽自身も。


 誰かに心配されることを、ほんの少しだけ。


 悪くないと思い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。