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俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
第一章 春の日、面倒事は向こうからやってくる

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第3話

駅に着いてから、俺たちはまず改札の周辺を見て回った。


「……いませんね」


「はい……」


 美月先輩は落ち着かない様子で周囲を見渡している。


 人の流れが多い。


 制服姿の学生もいれば、会社員もいる。


 この中から一人を探すのは、簡単じゃない。


「妹さんの見た目を教えてください」


「え?」


「探すなら必要でしょう」


「あ、はい」


 美月先輩は慌ててスマートフォンを取り出した。


「髪は肩より少し長いくらいで、黒髪です。身長は……一五八くらい。制服はうちの学校のものです」


「特徴は?」


「えっと……」


 美月先輩が少し考える。


「右手に、小さな傷があります」


「傷?」


「昔、転んだときの傷です。手の甲に少しだけ」


「なるほど」


 俺は周囲を見渡した。


「写真あります?」


「あります」


 スマートフォンの画面を見せてもらう。


 写真の中では、妹さんらしき少女が笑っていた。


 美月先輩と少し似ている。


 ただ、姉よりも表情が柔らかい。


「……仲、良さそうですね」


「え?」


「写真」


「あ……」


 美月先輩が少しだけ目を細めた。


「はい。仲は、いいんです」


「喧嘩したばかりなのに?」


「だからこそ、です」


 そう言ってから、美月先輩は苦笑した。


「仲が悪いわけじゃないんです。むしろ、仲が良いから喧嘩するというか……」


「なるほど」


「でも最近、妹に『お姉ちゃんは私のこと信用してない』って言われて」


「それは結構重いですね」


「……ですよね」


「否定できなかったんですか?」


「できませんでした」


 美月先輩は俯いた。


「心配だったんです」


「分かります」


「でも、心配しているって言ったら、余計に怒る気がして……」


「だから正しいことを言った」


「……はい」


「失敗しないように」


「はい」


「結果、喧嘩した」


「……はい」


 美月先輩が肩を落とす。


「こうして並べると、私って結構ひどいですね」


「そこまでは言ってません」


「顔に書いてあります」


「俺の顔は便利ですね」


「そういう意味じゃありません」


 少しだけ笑った。


 そのときだった。


「……ん?」


 俺は足を止めた。


「どうしました?」


「先輩」


「はい」


「昨日、妹さんは家を出たんですよね?」


「はい」


「何時頃?」


「夜の八時くらいです」


「一人で?」


「たぶん……」


「たぶん?」


「玄関を出るところを見たわけじゃなくて。部屋から出てきたときには、もういなくて」


「なるほど」


 俺は駅の案内板を見る。


 そして、改札の横にある小さな掲示板に目を向けた。


「これ」


「?」


 掲示板には、駅員への連絡事項や落とし物の案内が貼られている。


 その中に、一枚だけ妙に新しい紙があった。


 ――『昨日二十時三十五分頃、駅構内のベンチにて学生証の落とし物』


「……学生証?」


 美月先輩が近づいてくる。


「妹の……」


「名前は?」


「……海老名です」


 紙に書かれた名前を確認する。


 そこには、妹さんの名前があった。


「ビンゴ」


「どうしてここに……」


「昨日ここに来たってことです」


 俺は紙を見ながら考える。


「でも、学生証を落としたまま家に帰るのは不自然です」


「どういう意味ですか?」


「妹さんは昨日の夜、ここに来た。それは確実です」


「はい」


「なのに今朝、先輩に電話してきた」


「……」


「家には帰っていない」


 美月先輩の顔が曇る。


「じゃあ、ずっと駅に?」


「それは分かりません」


 俺は首を振る。


「ただ、一つ気になることがあります」


「何ですか?」


「学生証が落ちた場所」


「……ベンチ」


「どこのベンチですか?」


 美月先輩が紙を見る。


「西口……二番ベンチ」


「行きましょう」


 駅の西口へ向かう。


 そこには、駅前広場に面したベンチがいくつか並んでいた。


「ここです」


 美月先輩が呟く。


「妹さんが座っていた場所?」


「たぶん……」


 俺は周囲を見渡した。


 コンビニ。


 バス停。


 タクシー乗り場。


 そして、少し離れた場所に小さな交番。


「先輩」


「はい」


「あの交番、昨日の夜は何か聞いていないですかね」


「……行ってみます」


 二人で交番へ向かう。


 事情を説明すると、警察官は少し考えてから言った。


「昨日の夜なら、女子高校生から声をかけられましたよ」


「この娘ですか?」


 美月先輩はスマホ画面を見せながら身を乗り出す。


「たぶんそうだと思います。ただ、迷子という感じではありませんでした」


「何か言っていましたか?」


「『この駅から○○駅まで行くにはどうしたらいいですか』と聞かれました」


「○○駅……」


 美月先輩が呟く。


 俺はすぐにスマートフォンを取り出した。


「その駅って、どこですか?」


 警察官から駅名を聞く。


 俺は地図アプリで確認する。


「……なるほど」


「何か分かりました?」


「はい」


 俺は美月先輩を見る。


「妹さん、たぶんこの駅にいるわけじゃないです」


「え?」


「昨日ここから別の駅へ移動しています」


「でも、さっき電話で『駅にはいる』って……」


「だからです」


 俺は地図を見せる。


「妹さんが向かった駅は、ここから電車で三十分くらい」


「……」


「そして」


 俺は、昨日の会話を思い出す。


『もう決めたい』


『自分で決めたい』


「たぶん妹さんは、進路に関係する場所へ行っています」


 美月先輩の表情が変わった。


「……まさか」


「心当たりありますか?」


「あります」


 美月先輩は小さく息を吸った。


「妹が行きたいって言っていた学校があります」


「場所は?」


 美月先輩が駅名を告げる。


 俺は地図を確認した。


「……一致しますね」


「そんな……」


 美月先輩が青ざめる。


「私が反対した学校です」


「なるほど」


「でも、どうしてそこまで……」


「理由は本人に聞けばいいです」


「……」


 俺はスマートフォンをしまう。


「行きましょう」


「はい」


 歩き出そうとしたところで、美月先輩が俺の袖を掴んだ。


「大波くん」


「何ですか?」


「もし妹が……」


 言葉が止まる。


「もし、私が間違っていたら」


 俺は少し考えた。


「それは本人に聞けば分かります」


「……冷静ですね」


「そう見えるだけです」


「え?」


「俺だって、妹さんが無事なのか心配ですよ」


 自分でも少し意外だった。


 そんなことを口にするとは思わなかった。


 美月先輩は黙って俺を見る。


 そして、少しだけ笑った。


「……ありがとうございます」


「礼は見つけてからでいいです」


「はい」


 俺たちは駅へ向かう。


 そのとき、俺のスマートフォンが震えた。


 メッセージ。


 送り主は知らない番号だった。


 本文は一行だけ。


『お姉ちゃんには言わないでください』


 俺は足を止めた。


「……大波くん?」


 画面を見つめる。


 その下に、もう一行。


『大波先輩なら、話を聞いてくれると思いました』


「……」


 嫌な予感がした。


 どうして俺の番号を知っている。


 そして何より。


 ――この子は、俺に直接助けを求めている。


 俺は美月先輩に画面を見せなかった。


「先輩」


「はい?」


「目的地、変更します」


「え?」


「先に、俺が一人で行きます」


「どうしてですか?」


「妹さんから連絡が来ました」


「……え?」


 俺はスマートフォンを握り直す。


「そして、先輩には言わないでほしいそうです」


 美月先輩の顔が固まった。


「……私には?」


「はい」


「どうして……」


「それを聞きに行きます」


 俺は歩き出した。


 たぶん、ここからが本題だ。

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