第2話
続けて投稿します。
放課後。
俺は校門前で海老名美月先輩を待っていた。
正確には、待たされている。
「……遅い」
スマートフォンを見る。
約束の時間から七分。
たった七分だ。
普通なら気にするほどでもない。
だが、俺は時間に関しては妙に細かい。
「ハル」
後ろから声がした。
「ん?」
「お前、怖い顔でスマホ見てるぞ」
照平だった。
部活へ向かう途中らしく、バスケットボールを片手に持っている。
「待ち合わせに七分遅れてる」
「七分くらいいいだろ」
「五分までは許容範囲」
「お前の許容範囲、細かすぎない?」
「時間を守るのは基本だろ」
「はいはい」
照平は笑った。
「で、俺はどうすればいい?」
「部活行け」
「冷たっ」
「お前がいても役に立たない」
「ひどくね?」
「事実だ」
「俺、運動なら役に立つぞ」
「妹さんを探すのにバスケの技術が必要だと思うか?」
「……思わない」
「なら行け」
「でもハル一人だと心配なんだよな」
照平の声が少しだけ真面目になった。
俺は一瞬だけ黙った。
「大丈夫だ」
「そう言うと思った」
「なら聞くな」
「だから言ってんの」
照平は俺の肩を軽く叩いた。
「無茶すんなよ」
「しない」
「ハルの『しない』は信用できない」
「……失礼な奴だな」
「長い付き合いだからな」
照平は笑って、校舎へ戻っていった。
その背中を見送っていると、
「ご、ごめんなさい!」
聞き覚えのある声。
振り返る。
美月先輩が走ってきた。
「遅れました!」
「九分です」
「……」
美月先輩が固まる。
「す、すみません……」
「別に怒ってません」
「でも顔が怒ってます」
「元からこういう顔です」
「……そうでした」
少し申し訳なさそうに目を伏せる。
俺はため息をついた。
「何かあったんですか?」
「え?」
「遅れた理由です」
「あ……」
美月先輩は一瞬迷った。
「先生に呼ばれていて」
「何か問題でも?」
「妹のことを話したら、先生が心配してくださって……それで少し」
「そうですか」
俺はそれ以上聞かなかった。
事情を話したくないなら、無理に聞く必要はない。
「じゃあ行きましょう」
「……はい」
歩き始める。
目的地は駅前。
妹さんが最後に目撃された場所を確認するためだ。
「大波くん」
「何ですか?」
「本当に手伝ってくれるんですね」
「さっきからそればかりですね」
「だって……普通、こんなこと頼まれたら断ると思って」
「普通がどういうものかは知りませんけど」
俺は前を向いたまま答える。
「困っている人間を見つけたのに、何もしないほうが気分が悪いだけです」
「……それって」
「?」
「やっぱり、優しい人なんですね」
「違います」
即答した。
「でも――」
「違います」
「まだ何も言ってません」
「言おうとしたでしょう」
美月先輩が少し笑った。
「……ふふ」
「何ですか」
「大波くんって、面白い人ですね」
「初めて言われました」
「そうですか?」
「だいたい『怖い』とか『話しかけづらい』とかです」
「……それは」
美月先輩が少し困った顔をする。
「確かに、最初は少し怖かったです」
「正直ですね」
「でも」
彼女は俺を見る。
「今は、少し違います」
その言葉に、俺は返事をしなかった。
駅へ向かう道を歩く。
しばらくして、美月先輩が口を開いた。
「妹さんとは、昨日喧嘩したんです」
「何でですか?」
「進路のことです」
「高校一年で?」
「だからこそ、です」
美月先輩は少し苦笑した。
「妹はまだ一年生なのに、もう進路なんて考えなくてもいいって私は思ってたんです。でも、あの子は『もう決めたい』って」
「それで反対した?」
「はい」
「なぜ?」
「……失敗してほしくなかったから」
その答えに、俺は少しだけ考える。
「それは妹さんには伝えましたか?」
「……」
「先輩?」
「言えてません」
「なるほど」
「だから、きっとあの子は……私が自分のことを信用していないと思っているんだと思います」
美月先輩の声が小さくなった。
「私、姉だから。妹が間違ったことをしないようにしないとって……」
俺は歩みを止めた。
「先輩」
「はい」
「それ、誰に決められたんですか?」
「……え?」
「姉だから妹を守らなきゃいけない。姉だから正しい道を教えなきゃいけない。姉だから失敗させちゃいけない」
一つずつ言葉にする。
「それって、先輩が勝手に自分へ課しているルールですよね」
「……」
「妹さんは、そんなことを頼んでいるんですか?」
美月先輩は答えなかった。
答えられない、というほうが正しいのかもしれない。
「……大波くんは」
「はい」
「どうしてそんなことを言えるんですか?」
「何がですか?」
「私のこと、ほとんど知らないのに」
「今の話を聞けば、それくらいは分かります」
「……」
「それに」
俺は再び歩き出す。
「俺は、人に正しいことを押し付ける人間が嫌いなので」
「……大波くんも、そういうところありますよね」
「何がですか?」
「正しいことを言ってるのに、自分ではそれを人に押し付けてないつもりなところ」
「……」
反論できなかった。
「似た者同士ですね」
「それは不本意です」
「ふふ」
また笑った。
そのときだった。
美月先輩のスマートフォンが鳴った。
「……!」
画面を見た瞬間、表情が変わった。
「妹さん?」
「分かりません」
「出てください」
「でも……」
「早く」
美月先輩が震える指で通話ボタンを押す。
「もしもし?」
俺にも聞こえるほど、彼女の声は緊張していた。
『――お姉ちゃん?』
「……!」
美月先輩の顔が強張る。
「どこにいるの?」
『……』
「お願い。教えて」
『……駅にはいる』
「どこの駅?」
『……』
沈黙。
そして。
『お姉ちゃん、ごめん』
通話が切れた。
「……もしもし?」
美月先輩が画面を見る。
もう繋がっていない。
「先輩」
「……はい」
「今の会話で分かったことを整理します」
俺はスマートフォンを取り出した。
「妹さんは生きている。少なくとも今の時点では無事」
「はい」
「駅にいる」
「はい」
「そして、先輩に謝った」
「……はい」
「つまり、単純に家出したかったわけじゃない可能性が高い」
美月先輩が俺を見る。
「どういうことですか?」
「妹さんは何かを伝えようとしている」
「何を?」
「それを今から探します」
俺は駅の方向を見る。
「先輩」
「はい」
「妹さんが何を考えているか分からなくても、まず見つけましょう」
「……はい」
美月先輩が頷いた。
その顔には、さっきまでの「しっかり者」の表情はなかった。
ただ、妹を心配する一人の姉の顔だった。
俺はそれを見て、少しだけ視線を逸らす。
――こういう顔をされると。
やっぱり放っておけない。
面倒なことになりそうだ。
本当に。
俺はこういうことばかりだ。




