↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
第三章「笑顔の向こう側」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/54

第25話

翌日の放課後。


「杏」


 二年一組の教室から出てきた杏を、一陽が呼び止めた。


「一陽?」


「少し話せるか」


「うん、いいよ」


 杏の隣には美琴もいた。


「美琴も一緒?」


「うん」


「三人で何するの?」


「昨日のことを話したい」


 杏の笑顔が、一瞬だけ止まった。


「……昨日のこと?」


「机や椅子、教科書に上履き。全部、偶然だと思ってるのか?」


「……分かんない」


「誰かにやられたと思ってる?」


 杏は黙った。


「杏」


「……少しだけ」


 ようやく杏が答えた。


「でも、誰がやったのか分からないから」


「だから黙ってたのか?」


「うん」


「どうして?」


 杏は少し考えた。


「だって、誰か分からないのに『やられました』って言ったら、面倒じゃん。先生も困るし、クラスの空気も悪くなるし」


「もう十分、悪くなってるだろ」


「……そうだけど」


 杏は俯いた。


「私が我慢すれば、早く終わるかなって」


 美琴が小さく息を呑んだ。


 一陽はしばらく黙っていた。


「杏。お前は、何か悪いことをしたのか?」


「……」


「莉奈に嫌がらせをしたのか?」


「してない」


「莉奈を孤立させようとした?」


「してない」


「クラスのみんなに迷惑をかけた?」


 杏は答えず、少しだけ笑った。


「……分かんない」


「それは違うだろ」


 一陽の声が低くなる。


「自分が何をしたか分からないからって、勝手に自分を悪者にするな」


「……でも」


「でもじゃない」


 杏が驚いたように目を開く。


 一陽はそこで言葉を止めた。少し強く言いすぎた。


「……悪い。言い方、きつかった」


「ううん」


 杏は首を振る。


「一陽が怒るの、珍しいね」


「怒ってない」


「怒ってるよ」


「……少しだけ」


 杏は小さく笑った。


「ありがと」


「何が?」


「怒ってくれて」


 その言葉に、一陽は何も返せなかった。


   *


 その頃、二年一組では、莉奈が数人の女子と話していた。


「今日、一陽君が杏に何か聞いてたよ」


「何を?」


「昨日のこと」


「……やっぱり動いたんだ」


「うん」


 一人の女子が不安そうに言った。


「これ、まずくない?」


「何が?」


「先生に言われたりしたら……」


「大丈夫だよ」


 莉奈は穏やかに答えた。


「誰も、杏に何かしてるところを見てないでしょ?」


「……」


「それに、みんな杏が莉奈に嫌なことを言われたって知ってる」


「でも、机とか上履きとか……」


「誰がやったかは分からない」


 莉奈は笑った。


「だから、問題ないよ」


 その言葉に、女子の一人が黙り込む。


 莉奈はその子を見た。


「どうしたの?」


「……なんでもない」


「そう。ならいいけど」


 莉奈はスマートフォンを取り出した。クラスのグループチャットに、新しいメッセージが届いている。


『大波くん、杏のこと調べてるみたい』


 莉奈はしばらく画面を見つめた。


「……大波」


 小さく呟く。


「余計なこと、しなければいいのに」


   *


 翌朝。


 一陽が教室に入ると、照平がすぐに近づいてきた。


「ハル」


「何?」


「これ、見ろ」


 照平がスマートフォンを見せる。そこには匿名の投稿があった。


『最近、二年二組の大波って男子が、蓮田のために女子のことを調べ回ってるらしい』


 続けて、別の投稿が表示される。


『自分が正義みたいな顔してるけど、ただの迷惑行為じゃね?』


 さらに、


『蓮田と付き合ってるんじゃない?』


 その下には、過去の一陽に関する投稿がいくつも並んでいた。


『大波って、前にも女子にしつこく絡んで問題になってたよな』


『三芳の件でも、相手を追い詰めたって聞いた』


『正義感が強いんじゃなくて、ただ人の弱みを探してるだけじゃね?』


『昔から空気読めないし、関わると面倒なタイプ』


 どれも、事実と噂が混ざり合い、誰かが一陽を悪者に仕立てるように書かれていた。


 一陽は無言で画面を見つめ、スマートフォンを返した。


「くだらない」


「くだらないけど、もう広がってる」


「……三芳さんのことまで出してきたのか」


 一陽は低い声で続けた。


「俺が三芳さんを追い詰めたってことになってる。でも、実際は違う。あいつが困っているのを見て、話を聞こうとしただけだ」


「分かってる」


 照平はスマートフォンを握り直した。


「でも、みんなが覚えてるのは、最後に広まった噂のほうだ」


「そうか」


「ハル」


「ん?」


「これ、俺も聞いていいか?」


 照平が真剣な顔になる。


「お前、どこまでやるつもりなんだ?」


「分からない」


「嘘つけ」


「……」


「お前、杏を助けるためなら、自分が悪者になってもいいって思ってるだろ」


 一陽は答えなかった。


 照平はため息をつく。


「だったら、俺も巻き込め」


「照平」


「親友だろ」


「……」


「お前が一人で勝手に沈んでいくの、もう見たくないんだよ」


 一陽は少しだけ目を伏せた。


「……分かった」


「よし」


「ただし」


「ん?」


「無茶はするな」


「それ、お前が言う?」


「言う」


「説得力、ゼロだな」


 一陽は少し笑った。


 その瞬間、廊下から美琴が走ってきた。


「一陽君!」


「どうした?」


「杏ちゃんが――」


 美琴の表情は青ざめていた。


「先生に呼ばれたの」


「……何?」


「『クラスの人間関係について話を聞きたい』って」


 照平が眉をひそめる。


「それだけなら、普通じゃないか?」


「違うの」


 美琴が首を振る。


「杏ちゃんが呼ばれる前に、先生のところへ誰かが相談に行ってたの」


「誰が?」


「分からない」


 一陽の表情が変わった。


「……向こうが先に動いた」


「一陽君?」


 照平が一陽を見る。


「どうする?」


 一陽は少し考え、静かに言った。


「今度は俺たちが、事実を並べる」


「証拠を集めるってことか?」


「ああ。杏が受けた被害と、広がった噂。それから、その噂がどこから始まったのかを調べる」


 一陽はようやく、本格的に動き始めた。


   *


 その動きを、廊下の角から莉奈が見ていた。


 誰にも見られない場所で、莉奈はスマートフォンを握っている。画面には、一陽と照平、美琴の姿が映っていた。


 その下には、新しいメッセージが届いている。


『次、どうする?』


 莉奈はしばらく画面を見つめ、やがてゆっくり文字を打った。


『まだ待って』


 送信。


 そして、独り言のように呟く。


「……大波が、どこまで来るか見てみよう」


 その笑顔には、昨日までとは違うものが混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。