↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
第三章「笑顔の向こう側」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/54

第19話

放課後。


「一陽、今日暇?」


 昇降口を出たところで、杏が当然のように隣へ並んできた。


「暇ではない」


「じゃあ何するの?」


「暇じゃないって言っただろ」


「じゃあ、暇なんだ」


「なんでそうなる」


 杏は楽しそうに笑った。


 少し離れたところで、それを見ていた照平が吹き出す。


「ハル、お前もう杏に完全に懐かれてんじゃん」


「餌付けした結果だろ」


「一陽、杏は餌付けされたんじゃないよ」


「じゃあ何だ」


「仲間になったの」


「もっと重いな、それ」


 杏は満足そうに頷いた。


「うん。一陽、杏の仲間」


「俺が仲間になった側か」


「もう決まったから」


「……そうか」


 結局、一陽は否定しなかった。


 校門を出たところで、咲と美琴も合流した。


「何の話?」


「一陽が杏の仲間になった話」


「それ、ハルが杏ちゃんの召使いにされた話じゃない?」


「そうとも言う」


 咲が笑う。


 美琴も小さく笑った。


「……杏ちゃん、嬉しそう」


「うん」


 杏は即答した。


「今日は楽しい」


 その言葉に、一陽は少しだけ目を細める。


 特別なことをしたわけではない。


 帰り道にコンビニへ寄って、杏が新発売のプリン味のお菓子を見つけて騒いで、照平がそれを一つ買ってやって、咲に「甘やかしすぎ」と突っ込まれて。


 美琴はそのやり取りを眺めながら、ときどき眠そうに笑っていた。


 いつもの放課後。


 それだけだった。


 だからこそ、一陽には悪くない時間だった。


 コンビニを出たところで、杏が急に立ち止まった。


「一陽」


「ん?」


「あれ」


 杏が指差した先。


 少し離れたところに、女子が二人立っていた。


 制服から見て、同じ学校の生徒らしい。


 一人は、肩まで伸びた髪を整えながら、こちらを見ている。


 そして、その隣には――。


「……杏?」


 少女が名前を呼んだ。


 杏が振り返る。


「あ」


 杏の表情が、ほんの少しだけ変わった。


「莉奈」


 少女は、杏の顔を見た途端、露骨に眉をひそめた。


「やっぱり杏だ。こんなところで会うなんて、最悪」


「……うん」


 杏の声が、わずかに小さくなる。


「どうしたの?」


「別に。友達と帰ってるところ」


 そう言って、莉奈は一陽たちを値踏みするように見回した。


「ふうん。最近、杏ってこういう人たちと一緒にいるんだ」


 明るさのない声。


 口元だけが、嫌そうに歪んでいる。


 誰が見ても、感じのいい子とは言い難かった。


 けれど、彼女の雰囲気には、どこかギャルっぽい華やかさがあった。整えられた髪に、きれいに施されたメイク。制服の着こなしも少しだけ今風で、立っているだけで周囲の視線を集める。


「私は羽生田莉奈(はにゅうだ りな)。杏と同じクラス」


 軽く頭を下げることもなく、莉奈は一陽たちを見た。


「よろしくする気はないけど」


「ああ」


 一陽もそれ以上は返さなかった。


 莉奈は鼻で笑い、杏を見る。


「最近、杏って楽しそうだよね」


「うん。楽しいよ」


「……へえ」


 莉奈の目が細くなる。


「よかったね。ダサい奴らと一緒にいられて」


「……何、それ」


 杏が戸惑ったように聞き返す。


「別に。杏がそうしたいなら、勝手にすれば?」


 莉奈は吐き捨てるように言った。


 その言葉に、杏の表情が固まった。


「杏ちゃんに、何かあるの?」


 咲が尋ねる。


 莉奈は咲を見て、薄く笑った。


「別にぃ?」


「莉奈」


 杏が小さく呼ぶ。


「何?」


「……なんでもない」


「そう。じゃあ、また明日」


 莉奈は背を向ける。


 去り際、彼女は一陽たちを振り返った。


「あんたらなんでその子とつるんでんの?その子空気読めないよ」


 それだけ言って、もう一人の女子と歩いていく。


 杏は何も言わず、その背中を見送っていた。


「知り合い?」


 咲が尋ねる。


「同じクラスの子」


 杏は答えた。


「莉奈、クラスでは人気あるよ」


「へえ」


 照平が何気なく言う。


「仲悪いのか?」


「……別に」


 杏は視線を落とした。


「ちょっと分かんない」


「何かされたのか?」


 一陽が聞く。


「……ううん。何も」


 その返事は、不自然だった。


 けれど、誰も追及しなかった。


 杏は無理に笑った。


 一陽は、莉奈が消えていった角を見た。


 あの少女が杏を嫌っていることは、誰の目にも明らかだった。


 けれど、杏と莉奈の間に、特別な過去があるようには見えなかった。杏はただ、莉奈の態度に戸惑っているだけだった。


「そうだな」


 一陽はそれだけ返した。


 その夜。


 羽生田莉奈は、自分の部屋でスマートフォンを眺めていた。


 クラスのグループチャット。


 そこには、今日の杏についてのメッセージがいくつか流れている。


『今日も蓮田、普通にしてたね』


『あの子、気にしてないのかな』


『気にしてるでしょ』


『でも自分から言うタイプじゃん』


 莉奈は画面を閉じた。


 そして、ベッドの上にスマートフォンを置く。


「……杏」


 昼間と同じ、嫌悪の混じった表情を浮かべる。


「どうして、何でも言っちゃうんだろ」


 しばらく黙っていた莉奈は、机の引き出しを開けた。


 奥から、一枚の古い写真を取り出す。


 中学生くらいの少女が二人、並んで笑っている写真。


 莉奈はその写真を見つめる。


「……あの時も」


 指先が、写真の端をなぞった。


「私は、ちゃんと笑ってた」


 写真の中の自分は、楽しそうに笑っていた。


 けれど、その隣にいた少女は――もう写真の中にしかいない。


 莉奈は写真を伏せた。


「だから……今度は間違えない」


 小さく呟く。


「みんなが嫌な思いをしないようにする」


 その言葉だけなら、優しさに聞こえた。


 けれど。


 莉奈のスマートフォンには、まだクラスのグループチャットが表示されていた。


 そして、その中には一つだけ未送信の文章が残っている。


『明日から、杏とは少し距離置いた方がいいと思う』


 送信。


 既読が一つ。


 二つ。


 三つ。


 増えていく。


 莉奈は歪に微笑んだ。


 その笑顔は、昼間とまったく同じだった。


 ――翌朝。


 杏の机だけが、教室の中でぽつんと離れていた。


 誰も、それを不自然だとは言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。