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俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
日常編1

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18/54

第18話 日常編1完

翌週。


昼休み。


一陽が弁当を食べていると、照平が机の前に立った。


「ハル、今日、購買行こうぜ」


「もう弁当食べてる」


「食後のデザート」


「いらない」


「俺はいる」


「一人で行け」


「最近そればっかだな」


照平が不満そうに顔をしかめる。


咲が隣から口を挟んだ。


「ハル、照平が一人で行ったら、余計なもの買うよ」


「いつものことだろ」


「だから止めるの」


「俺が?」


「友達でしょ?」


「便利な言葉だな」


「大事な言葉だよ」


咲が笑う。


一陽は少し黙った。


「……急に言うなよ」


「何で?」


「返事に困る」


「じゃあ、困ってて」


「ひどい」


照平が吹き出した。


「ハル、完全に負けてんじゃん」


「お前は黙ってろ」


「はいはい」


---


購買へ向かう途中、三人は廊下の掲示板の前で足を止めた。


「校内清掃週間だって」


咲が掲示物を読む。


「今週は放課後、各学年で清掃場所を分担するらしい」


「うわー」


照平が露骨に嫌そうな顔をした。


「俺、こういうの苦手」


「掃除はちゃんとやれよ」


「やるけどさあ」


「文句が多い」


「ハルは?」


「決められてるならやる」


「ほら、真面目」


咲が笑う。


「普通だろ」


「それができない人もいるの」


「……照平?」


「名指しすんな!」


三人で笑った。


---


放課後。


清掃場所は中庭だった。


一陽、照平、咲、美琴の四人が担当する。


「思ったより広いね」


美琴が落ち葉を拾いながら言った。


「これ、今日中に終わるの?」


照平が箒を手に周囲を見る。


「終わらせるんだろ」


「出た。大波くんの正論」


「事実だ」


「掃除の時まで真面目なんだね」


美琴が笑う。


「四人いるのに、バラバラにやる方が効率悪い」


「ほら」


咲が笑った。


「そういうところ」


「何が?」


「別に」


「それ、俺が一番嫌いな返し」


美琴がくすくす笑う。


「大波くん、咲には弱いね」


「……否定できない」


「ハル、姉妹にも弱いよ?」


「それは違う」


「即答?」


「そこは譲れない」


照平が箒を持ったまま笑った。


「お前ら、仲良すぎだろ」


「照平も混ざれば?」


「もう混ざってる」


「そうだな」


一陽が少し笑った。


その時、校舎の角から小さな声が聞こえた。


「……ない」


一陽が振り向く。


誰かがしゃがみ込んでいる。近づくと、小柄な女子生徒が地面を探していた。


「どうした?」


女子生徒が顔を上げる。


「……お菓子、落とした」


「何のお菓子?」


「プリン味のクッキー」


「どこで?」


「分かんない」


一陽が黙る。


照平が咲に小声で言った。


「なんか、すごい子来たな」


「聞こえてるよ」


女子生徒が即答した。


「ごめん」


照平が素直に謝る。


咲が笑いをこらえながら尋ねた。


「名前は?」


「蓮田杏。二年一組」


「俺たちと同学年だな」


「うん」


杏は一陽をじっと見た。


「大波一陽?」


「……知ってるの?」


「高校に入ってから、いろいろ評判になってるから」


「悪い意味?」


「半分」


「半分か」


杏は首を傾げた。


「でも、噂ほど怖くない。」


一瞬、空気が止まった。


美琴が杏を見て声をかける。


「杏ちゃん?」


「美琴?」


「やっぱり杏ちゃんだ。久しぶり」


「久しぶり」


杏の表情が少し緩む。


「知り合いなのか?」


一陽が尋ねる。


「小学校が同じだったの。放課後もよく遊んでた」


「そうだったんだ」


「杏ちゃん、昔から変わらないね」


「美琴も」


杏は一陽に視線を戻した。


「美琴の友達?」


「そうだよ。一陽君とは最近よく一緒にいるの」


「じゃあ、いい人」


「判断が早いな」


一陽が呟く。


杏はまた、あっさり言った。


「優しい人の顔してる」


一陽だけが返事に困った。


「……俺、そんな顔してる?」


「してる」


「そうか」


「うん」


杏は地面に視線を戻した。


「だから、探すの手伝って」


「理由がそれなのか」


「うん」


一陽は苦笑し、しゃがみ込んだ。


「どの辺で落としたか覚えてる?」


「たぶん、この辺」


「たぶんか」


「お腹空いてたから」


「落とした理由になってない」


「でも、お腹空いてると悲しい」


「それは分かる」


杏が一陽を見る。


「分かる?」


「分かるよ」


「じゃあ好き」


「……何で?」


「話が分かるから」


咲が笑った。


「ハル、懐かれてんじゃん!」


「まだ会ったばっかだろ」


美琴も驚いたように言う。


「一陽君、珍しいね。杏ちゃん、人見知りするのに」


「する」


咲が疑問思う。


「じゃあ、何でハルには?」


杏が答える。


「分かんない。でも、一陽は大丈夫」


「……そう」


杏はそれ以上説明しなかった。


---


数分後。


「……あった!」


杏が植木の下から小さな袋を拾い上げた。


「よかったな」


「うん!」


杏の顔が明るくなる。


「無事」


「地面に落ちてたぞ。食べられるのか?」


「袋閉じてるから大丈夫」


「そういう問題じゃないだろ」


杏は袋をしまった。


咲が苦笑する。


「……強いね」


「何が?」


「いろいろ」


杏は首を傾げ、一陽を見る。


「一陽、ありがとう」


「どういたしまして」


杏は少し考えた。


「……明日も会える?」


「学校なんだから会うだろ」


「じゃあ、明日も話そう」


「別にいいけど」


「やった」


杏が嬉しそうに笑った。


照平が一陽の耳元で囁く。


「ハル、また人助けたな」


「今回はお菓子探しただけだろ」


「十分だろ」


咲も笑っている。


「杏ちゃんがハルにこんなに早く打ち解けるの、すごいね」


美琴が頷いた。


「初対面の人にここまで懐くのは珍しいよ」


一陽は杏を見る。


「……なんで俺なんだ?」


「分かんない」


「またそれか」


「でも、一陽は悪いことしないから。そういうの、なんとなく分かる」


一陽は返事をしなかった。


ただ、その言葉が妙に胸に残った。


---


その日の帰り。


一陽たちが校門へ向かっていると、杏が後ろから走ってきた。


「一陽!」


「杏ちゃん?」


「一緒に帰ろ」


「え?」


「駄目?」


一陽が照平を見ると、照平はにやついた。


「いいじゃん、ハル」


「楽しんでるだろ」


「もちろん」


咲も笑う。


「私も一緒に帰るよ」


「じゃあ、三人で帰ろ」


「照平は?」


「俺は寄るところあるから先に帰るわ」


照平が手を振った。


「じゃあな、ハル。杏ちゃんに甘いもの買ってやれよ」


「余計なこと言うな」


「もう言った」


照平は笑いながら走っていった。


一陽は杏と咲を見る。


杏は当然のように一陽の隣に立ち、咲は反対側で楽しそうに笑っていた。


「じゃあ、駅までな」


「うん!」


「私も駅までね」


「ただし、途中で何か買ってとか言うなよ」


杏が固まった。


「……甘いもの」


「図星?」


「食べたい」


「さっきクッキー食べただろ」


「もうない」


「早いな」


「だから、何か買って」


一陽はため息をついた。


「一個だけな」


「やった!」


杏が嬉しそうに笑う。


咲がくすくす笑った。


「ハル、杏ちゃんには妙に甘いね」


「そうか?」


「そうだよ。私たちにはもっと厳しいのに」


「咲には十分甘いだろ」


「そうかな?」


「そうだよ」


杏が一陽を見上げる。


「一陽、優しい」


「……そういうこと言うな」


「なんで?」


「調子に乗るから」


「もう乗ってる」


「自覚あるのかよ」


咲が笑った。


「杏ちゃん、一陽の扱い上手だね」


「そう?」


「うん。私も見習おうかな」


「咲まで何言ってるんだ」


三人の声が夕方の道に響いた。


---


その日の夜。


一陽はベッドの上でスマートフォンを眺めていた。


今日のことを思い返す。


照平。


咲。


美琴。


美月。


凪。


そして――杏。


少しずつ増えていく、自分の周りにいる人たち。


以前なら、人が増えるほど面倒だと思っていた。


今は違う。


面倒なこともある。


気を遣うこともある。


それでも。


「……悪くないな」


一陽は小さく呟いた。


だが翌朝。


教室に入った一陽は、すぐに違和感に気づいた。


自分の机の前に、杏が立っている。


「一陽」


「……早いな」


「おはよう」


「おはよう」


杏は机の上に小さな袋を置いた。


「これ」


「何?」


「昨日のお礼」


一陽が袋を見る。


「……ドーナツ?」


「うん」


「お礼にしては多くないか?」


「五個ある」


「多いな」


「一個あげる」


「残りは?」


「私」


「……だと思った」


杏は当然のように頷いた。


「でもね」


「何?」


杏が一陽を見上げる。


「今日から、一陽も杏の仲間」


一陽は少し目を見開いた。


その言葉の意味を、まだ一陽は知らない。


杏は小学校の頃から美琴と知り合いで、昔から美琴に懐いていたと言う事。


そして、杏が一陽を知ったのは、同じ小学校に通っていた美琴とはちがい、高校に入ってからの一連の出来事が周囲で悪評になっていたにもかかわらず初対面で懐いていた。


一陽にとって、杏は昨日が初対面だった。


杏のまっすぐすぎる性格が。


正しいと思ったことを、相手が誰であろうと口にしてしまうことが。


そして、裏表のなさゆえに、周囲と衝突することがあることを。


――まだ何も知らない。


ただ一つだけ。


杏は一陽に懐くのが、あまりにも早かった。


それは、幼い頃から知っている美琴への親しさとは違う。


一陽のことを知っていたのも、これまでの出来事が評判になっていたからにすぎない。


それでも、杏は初対面の一陽に、直感的な信頼を寄せていた。


「一陽は、いい人だから」


その言葉から。


新しい日常が、始まろうとしていた。

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