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俺は善人なんかじゃない  作者: エクレアだった物
日常編1

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第15話

文化祭が終わって、数日。


学校は少しだけ静かになっていた。


廊下に貼られていた装飾は外され、教室の隅には片付けきれていない段ボールが積まれている。


大きな行事が終わったあとの学校というのは、妙に気が抜ける。


一陽も、その空気を感じていた。


「……暇だな」


昼休み。


一陽が机に突っ伏しながら呟く。


「文化祭終わった瞬間それ?」


向かいの席で、照平が弁当を食べながら笑った。


「だって、最近ずっと忙しかっただろ」


「お前、文化祭の間もほとんど何もしてなかったじゃん」


「してたよ」


「何を?」


「焼きそば食べた」


「それは仕事じゃねえ」


一陽は顔を上げた。


「じゃあ照平は何してたんだよ」


「俺はクラスの呼び込み」


「へえ」


「あと片付け」


「へえ」


「あと迷子の一年生を案内した」


「お前、意外とちゃんと働いてたんだな」


「だから意外ってなんだよ!」


そこへ、咲が教室の扉から顔を出した。


「何、朝から騒いでるの?」


「ハルが俺を馬鹿にしてくる」


「いつものことじゃん」


「お前までそっち側かよ!」


咲は笑いながら一陽の机の横まで来る。


「そういえば、今日放課後暇?」


「暇だけど」


「じゃあ寄り道しようよ」


「どこに?」


「駅前」


一陽は少し考えた。


「……何しに?」


「何でもいいじゃん」


「目的がないのに行くの?」


「そういうところだよ、ハル」


咲が呆れたように言う。


「高校生なんだから、目的もなく寄り道するくらいしていいの」


「なるほど」


一陽は真面目な顔で頷いた。


「じゃあ、目的は『目的を作らないこと』だな」


「そういうところ!」


照平が吹き出した。


「ハル、お前ほんと変わんねえな」


「何が?」


「いや、いい意味で」


照平は笑った。


その日の放課後。


校門を出たところで、三人は駅へ向かって歩いていた。


「で、何する?」


「まだ決めてない」


「決めてないのに誘ったのかよ」


「決めてないから誘ったんだけど」


「理屈になってないだろ」


「細かいなあ」


咲が笑う。


一陽は二人の少し後ろを歩いていた。


照平と咲が話しているのを聞きながら、何となくその後ろをついていく。


「ハル」


「ん?」


咲が振り返った。


「ちゃんと来てる?」


「来てる」


「ならいいけど」


「俺を何だと思ってるんだ」


「放っておくと一人で帰りそうな人」


「……否定できない」


「できないんだ」


照平が笑う。


駅前に着く。


結局、三人が入ったのは小さなゲームセンターだった。


「ここ?」


一陽が看板を見る。


「ここ」


咲が答える。


「何するの?」


「クレーンゲーム」


「苦手」


「知ってる」


「なんで知ってるんだよ」


「昔、一回やって全然取れなかったじゃん」


「……覚えてない」


「私は覚えてる」


咲は笑いながら筐体の前に立った。


「これ欲しい」


そこには、小さな動物のぬいぐるみが入っていた。


「やる?」


一陽が聞く。


「うん」


咲が挑戦する。


しかし。


一回目。


失敗。


二回目。


失敗。


三回目。


惜しい。


「……取れない」


咲が悔しそうに呟く。


照平が横から覗き込む。


「貸してみ」


「照平、こういうの得意なの?」


「知らん」


「知らないのに自信あるの?」


「男にはな、根拠のない自信が必要なんだよ」


「それで失敗したら?」


「笑え」


「嫌だよ」


一陽が即答する。


照平が挑戦する。


失敗。


「……」


「……」


「……今のは筐体が悪い」


「言い訳するな」


一陽が笑った。


「お前、珍しく楽しそうじゃん」


咲が言う。


「そう?」


「うん」


一陽は少しだけ黙った。


「……まあ」


そして。


三人で笑った。


ただ、それだけだった。


問題もない。


誰かを助ける必要もない。


誰かに責任を押しつけられることもない。


ただ、くだらないことで笑っている。


一陽にとっては、それだけの時間が少し新鮮だった。


---


翌日。


放課後。


一陽が教室を出ようとすると、廊下に美琴が立っていた。


「あ」


「三芳さん?」


「うん」


美琴は少し迷ってから言った。


「……一緒に帰らない?」


「俺と?」


「嫌?」


「いや、そういう意味じゃない」


「じゃあ、いい?」


「うん」


二人で歩き出す。


しばらく無言だった。


「……」


「……」


一陽が耐えきれず口を開く。


「何か話さない?」


「私もそう思ってた」


「じゃあ何か話そう」


「何がいい?」


「それを今考えてる」


「大波くんって、こういう時も論理的なんだね」


「悪いか」


「悪くないよ」


美琴が笑う。


少し歩いたところで、美琴が言った。


「この前の文化祭、楽しかった?」


「……うん」


一陽は少し考えて答える。


「思ったより」


「そっか」


「三芳さんは?」


「私も」


「意外」


「どうして?」


「文化祭委員で大変だっただろ」


「それでも、楽しいことはあったから」


美琴はそう言ってから、一陽を見る。


「大波くんも?」


「俺も」


その返事に、美琴は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、よかった」


「何が?」


「大波くんが、ちゃんと楽しめたこと」


一陽は少し照れたように視線を逸らした。


「……そういうこと、普通に言うんだな」


「言ったら駄目?」


「駄目じゃない」


「じゃあいいね」


「うん」


二人はまた歩いた。


---


その翌週。


昼休み。


一陽が教室で弁当を食べていると、廊下から凪が顔を出した。


「一陽先輩ー」


「…凪?」


「そう」


「どうしたの?」


「お姉ちゃんが呼んでる」


「俺を?」


「うん」


「何かした?」


「してないと思うけど」


「じゃあ何だろう」


一陽が廊下へ出る。


少し離れたところに美月が立っていた。


「すみません。昼休みに」


「大丈夫です」


「実は、凪が……」


「お姉ちゃん」


凪が遮る。


「私が言う」


「凪?」


「大波さん、今度の休みに写真部の展示を見に行かない?」


「写真?」


「そう。近くで高校生の写真展があるんだって」


一陽は少し考える。


「俺が行っていいの?」


「むしろ来てほしい」


「どうして?」


凪は少し笑った。


「一陽先輩が写真を見たら、何言うのか気になるから」


「……俺、そんなに変な感想言わないぞ」


「本当?」


「本当」


「じゃあ楽しみ」


美月が苦笑する。


「凪は大波くんを困らせないようにね」


「困らせてないよ」


「この前も――」


「お姉ちゃん」


「……何でもありません」


一陽は思わず笑った。


姉妹の関係も、以前とは少し違って見える。


美月は凪の代わりに決めようとしなくなった。


凪も、美月に何でも反発するわけではなくなった。


二人は少しずつ、お互いの言葉を聞くようになっている。


「じゃあ、また連絡するね」


凪が手を振る。


「うん」


二人が去っていく。


一陽はその背中を見送った。


「……変わったな」


小さく呟く。


すると。


「何が?」


後ろから咲の声。


「うわ」


一陽が振り返る。


「いつからいた?」


「最初から」


「気配消すなよ」


「普通に歩いてただけ」


咲は一陽の隣に並んだ。


「海老名さんたち?」


「うん」


「仲良くなったね」


「そうだな」


「ハルも」


「俺?」


「うん」


咲は少しだけ笑った。


「前より、ちゃんと人と一緒にいるようになった」


一陽は返事をしなかった。


少しだけ考えてから。


「……そうかもな」


そう言った。


けれど。


その日の放課後。


廊下で、重そうな段ボールを一人で運んでいる生徒を見つけた瞬間。


「それ、俺が持つ」


一陽は反射的に手を伸ばした。


「え?」


「重いだろ」


「いや、大丈夫――」


「いいから」


段ボールを受け取る。


そのまま歩き出す。


「……ハル」


後ろから咲の声。


一陽が振り返る。


「何?」


「今の、いつものやつ」


「何が?」


「……何でもない」


咲は小さく笑った。


そして、今度は何も言わずに一陽の隣を歩いた。


一陽はまだ気づいていない。


自分の「誰かのためなら、自分が引き受ければいい」という癖が。


少しずつ、周りに知られていっていることを。


そして。


その癖を知った人たちは、以前のように一陽を一人で背負わせるつもりがないことを。

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