第6話 お着替え
「ふふっ、今日の私、完璧かも……!」
週末。お兄ちゃんと一緒にショッピングモールへ出かける約束を取り付けた私は、鏡の前でガッツポーズをした。 今日の私は、いつもより少し大人っぽい、淡いミントグリーンのワンピース。メイクも髪型もバッチリ気合を入れた、渾身の『デート服コーデ』だ。
このままモールを歩けば、周りからは絶対にカップルに見えるはず。 期待に胸を膨らませてお兄ちゃんのアパートのドアを叩くと、ガチャリと扉が開いた。
「おはよう。行くか」 「うんっ! って……ええっ!?」
目の前に現れたお兄ちゃんの姿を見て、私は絶句した。 ヨレヨレの色落ちしたTシャツに、膝の出たグレーのスウェットパンツ。手には財布とスマホだけ。
「お、お兄ちゃん、まさかその格好でモールに行くつもり!?」 「? ああ。吸湿性と通気性に優れ、歩行時の摩擦抵抗も少ない。長時間の買い物における最適解だ」 「コンビニ行くわけじゃないんだよ!? デート……じゃなくて、お出かけなんだから!」
私の気合の入ったワンピースと並んだら、完全に『近所のジャージのお兄ちゃんと、気合入りすぎの妹』に見えてしまう。 私は慌ててお兄ちゃんを部屋に押し戻し、クローゼットを勢いよく開けた。
「もうっ! 私がコーディネートしてあげるから! えーっと……あ、これとかいいんじゃない?」
私が引っ張り出したのは、お兄ちゃんがいつか買っていた(けど着ていない)細身の黒いスラックスと、清潔感のある白の襟付きシャツ。
「ほら、これ着てみて! 絶対似合うから!」 「……非合理的だが、お前がそこまで言うなら仕方ないな」
そう言うと、お兄ちゃんはため息をつきながら、私の目の前でいきなりスウェットパンツに手をかけ、ズルッと下へ脱ぎ捨てた。
「きゃーーっ!? なんでまた私の目の前で脱ぐの!?」 「着替えるように言ったのはお前だろ。ズボンを穿き替えるには脱ぐしかない」
上半身のシャツどころか、堂々たるトランクス姿を晒されて、私の顔は一瞬で沸騰した。 いくら『お着替えのお手伝い』とはいえ、刺激が強すぎる!
「む、向こう向いて着替えてよー!!」
私が両手で顔を覆ってジタバタしている間に、お兄ちゃんは淡々と着替えを済ませた。
「……終わったぞ」 「も、もう! ほんとデリカシーないんだから……って」
恐る恐る指の隙間から覗き込んだ私は、思わず息を呑んだ。 そこには、スラッとした長身にシンプルな白シャツと黒のスラックスを完璧に着こなした、めちゃくちゃカッコいい大人の男性の姿があった。 いつもの無表情と相まって、まるで雑誌のモデルみたいだ。
「……なんだ。やっぱり似合ってないか」 「っ〜〜〜〜! に、似合ってる! すごく似合ってる!!」
(どうしよう、カッコよすぎる……! これと一緒に歩くの!? 逆に私が釣り合ってないんじゃ……!)
心臓が早鐘のように鳴り出し、私一人が限界突破でパニックを起こしていると、お兄ちゃんは軽く肩を回しながら眉をひそめた。
「だが、このスラックスはポリウレタンの配合率が低い。ストレッチ性が皆無で歩幅が普段の80%に制限される。さらにシャツの襟が首元の放熱を妨げて――」 「もうっ! オシャレは我慢なの!! カッコいいんだからそれでいいの!!」
息巻く私に、お兄ちゃんはふと視線を落とし、口を開いた。
「……あと、お前のその服」 「え? なに? 可愛くて見惚れちゃった?」
私がからかうように上目遣いで尋ねると、お兄ちゃんは急に無口になり、真剣な顔で私を見てきた。 というか……私の胸元を見てる!?
(え、うそ、どうしよう。やっぱりこのワンピース、ちょっと胸元開きすぎだったかな……!)
ドキッとして固まる私の前で、お兄ちゃんは無言のまま手を伸ばし、私の襟元をぐっと手前に引いた。
「ち、ちょっと! 見えちゃう、見えちゃうってば!!」 「この服、一番上のボタンはあるのに、ボタンを通す穴がないぞ?」 「…………は?」 「構造的欠陥だ。これではボタンが装飾以上の機能を果たさず、留め具としての存在意義が――」 「これはこういうデザインなのっ!!」
私はそれ以上お兄ちゃんに見られないよう(というか、これ以上ウンチクを聞かされないよう)、真っ赤になった顔を隠しながら、お兄ちゃんの背中をぐいぐいとドアの外へ押し出した。




