第4話 お洗濯
「ふふふっ……今日の作戦は、完璧だよ」
週末。私はお兄ちゃんの部屋の洗面所で、洗濯機の前に立ちながら一人ほくそ笑んでいた。 今日のミッションは『お洗濯』。 ただの家事アピールではない。私が密かに持ち込んだのは、私が普段使っている、お気に入りの甘いフローラル系の柔軟剤だ。 これでお兄ちゃんの服を洗えば、お兄ちゃんは一日中私の匂いに包まれることになる。名付けて『匂いでマーキング作戦』!
「よし、洗濯完了っと。……あ、あれ?」
洗濯機から衣類を取り出そうとした時、蛇口から水が跳ねて、私のTシャツの胸元がびしょ濡れになってしまった。 冷たいし、下着が少し透けちゃってる。どうしよう。 ……いや、待てよ? これって、ネットで見た『アレ』ができる大チャンスなんじゃ!?
私はゴクリと唾を飲み込むと、先に洗ってあったお兄ちゃんの大きめの白いシャツをこっそり拝借した。 自分の服を脱ぎ、そのシャツに袖を通す。 ダボダボのシャツは私の太ももまですっぽりと隠し、まるで下になにも穿いていないように見える。いわゆる『彼シャツ』というやつだ!
私は真っ赤に火照る頬を両手でパシッと叩き、気合を入れてリビングのドアを開けた。
「お、お兄ちゃん……ごめんなさい。ちょっと服が濡れちゃって、お兄ちゃんのシャツ、借りちゃった……」
私はもじもじしながら、上目遣いでお兄ちゃんを見た。
「ん?」
パソコンに向かっていたお兄ちゃんが振り返る。 私のダボダボのシャツ姿を見て、お兄ちゃんの動きがピタリと止まった。
(やった! さすがのお兄ちゃんも、この無防備な姿にはドキッとしてる……!)
お兄ちゃんは無言で立ち上がると、スッと私に歩み寄り、目の前で立ち止まった。
「ちょっとそれ脱いで」 「はっ?」
そして、私のシャツの裾をギュッと掴み、スッポっとあっさり脱がされてしまった。
「えっ!? ちょっ、お兄ちゃ……!」
唐突に下着姿が露わになる。
(ち、近っ! なになに、そのまま押し倒されちゃう!? どうしよう、心の準備が……!)
私はギュッと目を瞑り、これからの展開に身構えた。 しかし、お兄ちゃんは私の下着姿を見るでもなく、シャツの生地を指先で擦りながら、厳しい表情(といっても無表情だが)で分析を始めた。
「このシャツ、アルカリ性の洗剤で洗ったか?」 「……へ?」
甘いムードを完全に切り裂く冷静な声。
「え? あ、うん、普通の洗剤だけど……」 「洗濯表示を見ろ。これは特殊な吸汗速乾素材だ。中性洗剤を使わないと繊維が傷んだり、吸水率が落ちるんだぞ」
お兄ちゃんは私の体ではなく、シャツの生地を指先で確認しながら淡々と解説を続ける。
「あ、あとさ、なんかすごく甘い匂いがするんだけど……」 「そ、それは私の柔軟剤! お兄ちゃんから私と同じ匂いがしたら、素敵かなって……!」
私が必死に乙女心をアピールすると、お兄ちゃんは小さくため息をついた。
「この手の機能性インナーに過度な柔軟剤はご法度だ。コーティング剤が生地の目を塞いで、通気性が30パーセントは低下する。それに、外に干した時に強い香料は虫を引き寄せる原因になるぞ」 「~~~~っ!」
私の『彼シャツでドキドキ大作戦』も『匂いでマーキング作戦』も、お兄ちゃんの『衣類に対する超・合理的な運用規定』の前に、見事なまでに完全論破されてしまった。
「もうっ! 知らない! 私はただ、お兄ちゃんのためにと思って……!」
恥ずかしさと情けなさで涙目になりながら、私はベランダへ逃げるように洗濯物カゴを抱えた。
「……おい」
不意に、後ろから腕を掴まれた。
「え……」
振り向くと、お兄ちゃんは私の空いた手に、冷えた『ゼロカロリーコーラ』のペットボトルを押し付けた。
「素材の運用方法は間違っていたが……洗濯してくれたこと自体は、助かった。サンキュ」 「……っ」
相変わらずの無表情。 でも、そのぶっきらぼうな感謝の言葉と、コーラの冷たさが、さっきとは違う意味で私の顔を熱くさせる。
「べ、別に……これくらい、幼馴染なんだから当たり前でしょ……!」
私はコーラを奪い取ると、真っ赤になった顔を隠すように、パンッ!パンッ!と親の敵のように勢いよく洗濯物を干し始めるのだった。
「あと、その格好じゃ風邪ひくぞー」 「!!!」
私は自分がさっき下着姿にされたままだったことをすっかり忘れていて、はっと我に返るのだった。




