第2話 お掃除
「お兄ちゃん、入るよー!」
合鍵をもらってから最初の週末。 私は意気揚々と、お兄ちゃんのワンルームアパートのドアを開けた。
今日の目的は、引っ越し後に手付かずになっている段ボールの片付けと、部屋の『お掃除』だ。 もちろん、ただ掃除をしに来たわけじゃない。今日の私の勝負服は、少し丈が短めのショートパンツに、かがむと鎖骨が綺麗に見えるゆるいTシャツ。 名付けて、『お掃除中の無防備なチラ見せ作戦』である!
「お、来たか。助かる」 「うんっ! まかせて!」
私は早速腕まくりをして、テレビ台の周りのホコリを拭き始めた。 チラリと背後を振り返ると、お兄ちゃんはテレビの裏で何やらゴソゴソと作業をしている。
チャンス! 私はわざとゆっくりと屈み込み、Tシャツの襟元が少しだけたわむような体勢で雑巾がけをした。
「あっ、お兄ちゃん、この裏側も拭いた方が……」 「ストップ。そこ、動くな」
お兄ちゃんの低い声に、私の心臓が大きく跳ねた。 (えっ、嘘、もしかして……今の体勢、ドキッとしちゃった!?)
「ど、どうしたの……?」 「そこはケーブルの配線ルートだ。今、ゲーム機とパソコンのセッティングをしているんだ。絶対にホコリを巻き上げないでくれ」 「……へ?」
私のあざといポーズなど一切視界に入っていないかのように、お兄ちゃんは黒いゲーム機の背面にケーブルをミリ単位の精度で接続していく。 せ、せっかくの無防備アピールが、ただの『配線作業の障害物』扱い!?
「もう……! お兄ちゃんはゲームばっかりなんだから!」 「大事な娯楽にして、初期の環境構築は最優先事項だ。よし、終わったぞ」
満足げに立ち上がった彼は、プシューとペットボトルのキャップを開けた。
「ほら、休憩にするぞ。これでも食え」 「あ、ありがとう……って、なにこれ?」
差し出されたのは、冷えたゼロカロリーコーラと、コンビニの『黒胡椒味のサラダチキン』だった。
「掃除は全身運動だからな。タンパク質の補給と、カロリーゼロでの水分補給の完璧な組み合わせだ。黒胡椒のスパイシーさが疲れた体に効くぞ」 「お掃除の休憩にサラダチキン丸かじりする女子高生、私以外に絶対いないと思うんだけど……」
ブツブツ文句を言いながらも、二人で並んで床に座り、サラダチキンをかじる。 ピリッとした黒胡椒の風味が、コーラの炭酸と合わさって、なんだかんだですごく美味しい。並んで同じものを食べているというだけで、少し嬉しくなってしまう自分が悔しい。
「……でも、助かった」
不意に、ポンッと頭に大きな手が乗った。
「お前が手伝ってくれたおかげで、部屋がだいぶ片付いた。やっぱり、ノドカは頼りになるな」 「ぇ……っ」
無表情のまま、淡々とした声で褒められる。 頭を撫でる手つきはどこか子供扱いされているような気もするけれど、手のひらの温もりが直接伝わってきて――。
「~~っ!! べ、別に! 私は自分がやりたくてやっただけだし!!」
私は顔が赤くなるのをごまかすように目をギュッと瞑り、頭に残る温かい余韻に浸っていた。
すると、頭を撫でていたはずの手がスッと離れ、今度は私のショートパンツから伸びる太ももに直接触れてきたのだ。
「え? えっ?」
顔がカッと熱くなるのが自分でもわかった。 チラ見せ作戦は見事にスルーされたのに、お兄ちゃんの何気ない不意打ちのスキンシップ一つで、私のキャパシティはいとも簡単に限界を突破してしまう。
「んっ……」 (ちょ、ちょっとお兄ちゃん、そこまではまだ心の準備が……!)
驚いて抵抗したいのに、体が硬直して動けない。 すると、お兄ちゃんは私の太ももの一点を指差して言った。
「ここ、ちょっとすりむいてるな」 「……え?」 「段ボールの片付けの時は、ショートパンツよりも長ズボンの方がいいぞ。頼りになると思ったけど、自己管理という点ではやっぱりまだまだだな」
そう言って、お兄ちゃんの手は再び私の頭に戻ってきたが、今度は優しい『なでなで』ではなく、呆れたような『ポンポン』だった。 なんかすごく子ども扱い……いや、完全に馬鹿にされている気がする。
「お、おい、顔が赤いぞ。やっぱりホコリでアレルギーでも出たか?」 「ちがうもん!! お兄ちゃんのバカァ!!」
私は残りのサラダチキンを口に放り込むと、勘違いの恥ずかしさと怒りで真っ赤になった顔を隠すために、再び無心で床を磨き始めるのだった。




