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永田町へ行ってきます ~いろいろありまして、次の職場は国会議事堂に決まりました~  作者: のらりくらり


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第38話 託された者

「あなた、口を開けば論点のすり替えばかりじゃない。こんなの議論じゃないですよ」


「議論じゃない……とは?」


「その言い方もいちいち不愉快なのよ」


「はて、不愉快……とは?」


「それが不愉快だって言ってるのよ。そんなこともわからないでよく他人の弁護が務まりますね。そんなことだから、司法試験に受かるまで10回も落ちるのよ」


私塾に通い始めて4ヶ月が過ぎた。


先月から午前中は、1つのテーマについて各々の意見をぶつける俗にいうディスカッションが始まっていた。


補欠組の功や茂木と違い、正規合格者は日本人なら誰もが1度くらいは耳にしたことがある超難関国立大学を出ている。また、入塾前の職業も弁護士・会計士・外資系金融のサラリーマン等々。


世間では勝ち組と呼ばれている人達だけあって、とにかく癖が強い。


あの弁護士先生、また、やってるよ。毎度、毎度、そんな子供みたいな喧嘩ばかりして楽しいのかな?


自分に絶対の自信とエベレストより高いプライドを持つこの手の人種は、ちょっとでも自分の主張が批判されたと感じたらあらゆる手段を駆使して批判した相手を潰そうとする傾向がある。


本来なら第三者が仲裁に入るべきなのだろうが、それをすると怒りの矛先がこっちに向くので誰もやらない。


「立花さん。あなた、この問題についてどういうお考えを持っていますか?」

公衆の面前で人格を否定されて気が動転していたのだろう。


いつもなら鼻で笑ってやり過ごす現役弁護士が、あろうことか対面で傍観していた功に話を振ったのだ。


内容が難し過ぎてどうもこうも思わねぇよ。


そう言えたらどんなに楽か。でも、これを口にするということは自身の勉強不足を認めることになるので迂闊に口を開くわけにはいかない。


それとは別に幼少期から今に至るまで他人と何かについて真剣に議論するという機会が極端に少なかった功は、議論の中身云々よりもこの居心地最悪な雰囲気に慣れることを優先させていた。


「立花さん。あなたの率直な意見を聞かせてください」


「えっ。あっ。はい。そうですね……」


「まさか、何の意見もお持ちでないということはないですよね?」


「あっ。いや。その。つまり……」


これがメディアなら間違いなく放送事故案件だったこのピンチを救ったのは、茂木だった。


「すみません。その前に1つ伺ってもいいですか?」


高度過ぎる内容に言葉を発せず苦しんでいた功に代わって茂木が挙手しながら席を立った。


「別にいいけど、なるべく手短に頼みますよ」


不意に見えた現役弁護士の目は、明らかに自分と茂木のことをさげすんでいるようだった。


「最初から疑問だったんですけど、本当に優秀で稼ぎもある医者や弁護士ってメディアはもちろん、本業が忙しいはずだから政治家になる暇などないと思うのですが、それなのに何故、あなたは政治家を志したのですか?」


「そんなこと、今の議論とは何の関係もないだろ?急に何を言うのかと思えば馬鹿馬鹿しい」


現役弁護士は、顔を真っ赤にして叫んだ。


「馬鹿馬鹿しい。そうなんですよ。さっきからあなたがやっている論点のすり替えもそれと同じことなんですよ。でも、1つだけ訂正させてください」


「訂正?」


「あなたはこの問題についてあなたなりに真剣に向き合っているからこそ、自分の見解に絶対の自信があるんですよね?もし、そうであれば、言うべきことを言ったらさっさと引き下がって聞く側に回ればいいじゃないですか?」


「話が見えん」


「つまりですね、あなたの見解が正しくても間違っていても、過去と他人を変えることはできないってことですよ。簡単な理屈です」


落としてからのヨイショ。しかも、締め括りでしっかり毒まで吐いている。


これこそ、論点のすり替えだと思うのだが、日頃から自分達のことを隠すことなく見下していた現役弁護士に真正面から一矢報いた茂木の勇気ある行動に功は、心の中で大喝采を送った。


茂木の体に異変が起こったのは、それから数ヶ月ほど経った頃だった。


この日、いつものように測量補助のアルバイトを終えた功が帰り支度をしていると、作業着のポケットに突っ込んでいたスマホが振動した。


あっ。茂木からだ。


功は、通話ボタンをタップした。


「お疲れ様です。立花さん」


「お疲れ。塾長から訊いたけど、明日から検査入院するんだって?どこが悪いの?」


「えぇ。まぁ。そのこともひっくるめて立花さんに話したいことがあるんですよ。

今夜、時間ありますか?」


「わかった。今から帰り支度するからスマホに時間と場所をラインで送ってくれ」


「はい」


約束の時間より少し早めに待ち合わせ場所のファミレスにやって来た功は、ドリンクバーのホットコーヒーを飲みながら茂木が現れるのを待っていた。


「お待たせしました」


茂木は、約束の時間ぴったりに現れた。


「僕もドリンクバーにしようかな?」


たまたま近くを通った店員にドリンクバーを注文した茂木は、大好きなコーラを注いで席に戻ってきた。


「俺に話したいことってなに?」


「立花さん。驚かないで聞いてくださいね。じつは僕……」


茂木が、核心部分を口にしようとしたその時だった。


「マジかよ。そりゃ、大変だな」


「まだ、何も言っていないです。ていうか、それ、かなり古いボケですね」


これから茂木が何を話そうとしているのかは何となく心当たりはあった。


だから、しんみりムードにならないよう敢えて馬鹿みたいに振る舞ったのだが、見事にすべった。


「立花さん。僕、年末いっぱいで塾を辞めます」


「やっぱりな。そんなことだろうと思ったよ。それで、辞める理由はなんだよ?」


「僕、じつは子供の頃から肝臓に重大な疾患を抱えていて、最近、検査したら肝機能の数値が以前よりもだいぶ悪化していたんですよ。それで、そのことを元嫁に話したら復縁してもいいよと言ってくれたので故郷に戻ることにしました」


「まぁ。塾は仕事じゃないから辞めるのは構わないとしても、そんな体で故郷に戻って仕事はあるのか?」


「それについては心配いりません。僕、元々、地元で行政書士をしていたので、夫婦で食べるだけならなんとかなると思います」


「えっ。行政書士?自営業じゃなかったの?」


「行政書士っていっても実質は1人社長だから、自営業と同じですよ」


茂木が子なしのバツ1だということは知っていたが、30代以上が圧倒的な割合を占めていると聞いていた行政書士という仕事に20代という若さで就いていたとは思わなかった。


「この話を知っているのは、今のところ塾長と立花さんだけです」


「因みに塾長はそのことについて何て言っているの?」


「羨ましいわって言っていました」


「なんだ、そりゃ?」


「僕にも何が何だかさっぱりわかりません」


それだけ言うと、茂木の表情は一気に柔らかくなった。


「立花さん。誰もがささやかな幸せを掴める国を作ってください。あなたなら出来そうな気がします」


30分後。談笑を終え、ファミレスの外に出たところで茂木が笑いながら言った。


「それ、塾長から訊いたの?恥ずかしいな」


「そんなことないですよ。わかりやすい理想じゃないですか。それと、塾長、立花さんのことかなりお気に入りみたいですよ」


「いや、変わり者のおじさんとしか思っていないはずだよ」


口ではそう言ったが、内心は、まんざらでもなかった。


これで、年明けからは1人ぼっち確定か。


でも、この程度の孤独に打ち勝てないようじゃ、あの海千山千の世界ではやっていけないからやるしかないよな。


深夜。寝床に入った功は、これからいくらでもぶち当たるであろう壁や試練に立ち向かう覚悟を固めた。


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