第4章 『勝って兜の緒を締めよ』
第34話 シンプル イズ ベスト
目的のためとはいえ、俺が受かったことで落ちた人もいるんだよな。
大学から合格通知が届いた翌日。仕事に向かう電車の中で功は、合格したことの喜びと後ろめたさの板挟みで心が揺れていた。
「立花さん。そこ、さっき終わったよ」
「えっ。あっ。すみません」
「それじゃ、あっち、やります」
「そこは最初にやったわよ」
「あっ。そうでしたね。すみません……」
良心の呵責というか。葛藤というか。
この日は、朝から帰るまで万事そんな調子だった。
「あなた。今日、駅前のケーキ屋さんでチーズケーキを買ってきたのよ。夕食のあと合格祝いをしましょう」
帰宅すると、泉が満面の笑みで言ってきた。
「マジ?部活が休みでラッキー」
この4月から中学生になった里佳子は、ソフトテニス部に入部した。
なんでもこの地域ではかなり強い部活らしく、週1の休みや試験休みを除くと帰宅するのはどんなに早くても8時だった。
いつか訪れるであろう親離れの予行演習だと思えばいっか。
功は、そう思い込むことで寂しさを紛らわせていた。
「あなた。合格おめでとう」
夕食の食器を片付けると、泉の音頭でささやかな合格祝いが始まった。
「お父さん。その歳で国立大学に受かるって凄いよね。私、今だから白状するけど、絶対、無理だと思っていた」
チーズケーキを3等分に切り分けていた泉の横で自分のコップにコーラを並々と注いでいた里佳子が笑いながら言った。
「そのことなんだけど、本当にこれでよかったのか?俺が受かったことで落ちた人もいるんだよな?」
場の雰囲気に水を差すつもりはなかったが、朝から抱えていた葛藤に耐えかねた功は、無意識のうちに本音をこぼしていた。
「罪悪感なんて抱える必要はないわよ。だって、入学する・しないは合格した者だけに許される権利だもん」
「お父さん。気にしすぎだと思うよ。大学側だって馬鹿じゃないから、お父さんみたいな人を想定して最初から余分に合格させているはずよ」
水増し合格のことか。確かに、どんなにいい大学でもいろんな事情で辞退する人っているからな。ありえない話ではないな。
里佳子の指摘で功は、今日一日悩んでいたことが急に馬鹿みたいに思えてきた。
合格祝いから半月後。自宅のポストに村野政経塾から書類選考が通過したという通知が送られてきた。
過去問もねぇし、どんな対策をすればいいんだよ。姉ちゃんは、数学だけやってりゃ間違いないっていうけど、その根拠がよくわからん。
塾側の規定で筆記試験と面接は、同日に行われることになっていた。
入塾試験前日の夜。
功は、由紀子から言われた通りに中学数学の総復習に励んでいた。
正直なところ、何かしていないと落ち着かなかった。だから、仕方なしにやっていたといった方が正しい。
どいつもこいつも賢そうな顔してるな。それに、全員スラっとしていてスーツ姿も様になっている。俺みたいなおっさんが来る場所じゃなかったみたいだな。
本番当日。予定より30分早く会場入りした功は、これからライバル関係になるであろう彼等彼女等を観察しながら内心、ビビりまくっていた。
ふぅ。そんなに難しくはなかったな。
筆記試験は、英語と数学だった。
2月まで大学受験を経験していたおかげで、両科目ともそれなりの手ごたえはあった。
「それでは7番の方から11番の方まで入ってください」
あっ。11番だから俺もだ……って1対1じゃないの?
個人面接とばかり思い込んでいた功は、血の気が引くのを感じながら入室した。
「皆さん。初めまして。私は、ここの塾長をしている村野勝司です。早速ですが、本塾に入塾を希望された理由をなるべく手短かつ簡潔に述べてください。それでは、7番の方からどうぞ」
「はい。私が本塾を希望しました理由は……」
「わかりました。それでは8番の方どうぞ」
「私は、現在の世界情勢を鑑みるにあたり日本がかつての軍国主義に……」
「次、9番の方。どうぞ」
「私は、昨今の日本経済、とりわけ、昭和末期のバブル経済がはじけた以降の……」
あぁ。ダメだ。俺とは次元が違い過ぎる。こんな連中に勝てるわけがねぇ。
気のせいなのか。それともビビり指数が急激に上昇しているからそう聞こえているだけなのか。
番号の数字が大きくなるにつれ、ライバル達との頭脳の格差に愕然とするばかりだった。
「わかりました。それでは、最後、11番の方。どうぞ」
どうせ。散るなら早い方がいい。ここで脱落しても俺には帰る場所(仕事)があるんだから。
「はい」
功は、玉砕する覚悟を固めて席を立った。
「11番。立花功です。私が入塾を希望したのは、これまでの社会経験から法律を変えるには国会議員になるしかないと考えたからです。それと、笑われるかも知れませんが、私は正直者が馬鹿を見る世の中を作ってはいけないと思っています。人間は平等だが、公平じゃない。これは間違っていないでしょう。ですが、実社会は平等ですらありません。誰もがささやかな幸せを掴める。そういう国を作りたいです」
「わかりました。皆さん、お疲れ様でした」
はぁ。こりゃ、ダメだな。
村野の反応の薄さ。そして、座る際にチラッと視界に入った4人の顔は、いずれも必死に笑いをかみ殺しているようにしか見えなかった。




