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永田町へ行ってきます ~いろいろありまして、次の職場は国会議事堂に決まりました~  作者: のらりくらり


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第32話 リスクとリターン

畜生。解説を読んでもさっぱりわからん。こんな調子で本当に間に合うのかな?


午後8時。功は、昨日と同じく由紀子が考案した勉強メニューに取り組んでいた。


話は2週間前に遡る。この日、仕事終わりに武藤の事務所に顔を出した功は、緊張の面持ちで武藤に2つの質問をぶつけた。


「法律を変えるにはどうすればいいですか?」


「正直者が馬鹿を見る世の中を作らないようにするにはどうすればいいですか?」


馬鹿みたいに単刀直入に訊いたのは、武藤の素の反応を見るためだ。


だから、もし、ここで武藤が鼻で笑ったり、それに近い態度を示したら持参した相談料を置いて帰るつもりだった。


だが、それは杞憂だった。


「まずは法律家のプロである私の意見を聞きたい。そういう解釈でよろしいですか?」


そう。そう。それ。それ。それが言いたかったのよ。やっぱり、賢い人は違うね。


吉と出るか凶と出るか。手前勝手の賭けに勝った功は、手土産なしで帰らなくてもいいことにほっと胸をなでおろした。


「正直に申し上げると、法律を変えるのも正直者が馬鹿を見ない世の中を作るのも簡単なことではありません。ですが、可能ではありますよ」


武藤は少し思案顔になったあとで簡潔に答えた。


「どうすればいいですか?」


「国会議員になって根気強く何度でも議員立法を出せばいいんですよ」


「国会議員……」


「はい。それが一番簡単で近道だと思いますよ」


「近道ですか……」


今の今まで政治家という職業に1ミリも興味を持ったことがなかった功は、『国会議員』というこの4文字の響きに自分でもわかるほど腰が引けていた。


「あっ。そうだ。ちょっと、待ってください」


何を思い出したのか。武藤は、慌てて席を立った。そして、自席まで歩き引き出しから白い大きな封筒を取って戻って来た。


「立花さん。もし、今から本気で政治家を目指すのであればここに入塾することを勧めますよ」


武藤はそう言って手にしていた白い大きな封筒を功に渡した。


前半のやり取りだけで腰が引けまくり状態だった功は、中身を確認する余裕すらなく立ち上がると、財布の中から1枚の万札を取り出した。


「ここまでざっと15分ですね。うちの相談料は、30分1万円でやらせてもらっていますので、本日は無料で結構ですよ」


功の行動を予測していたのだろう。


武藤は、功が差し出すより先に腕時計から目を離して言った。


「えっ。あっ。でも」


「私は弁護士ですよ。弁護士が規則を守らないわけにはいかないじゃないですか」


武藤は、半笑い気味に言った。


そういえば中身の確認まだしてなかったな。どうせ、暇だし駅まで時間もあるから読むだけ読んでみるか。


帰りの電車の中。緊張感から解放され平常心に戻っていた功は、武藤から受け取った白い封筒を開いた。


すいぶんとカラフルな資料だな。


封筒の中に入っていたのは『村野政経塾』という政治家や財界人を養成するためにだけに設立された私塾のパンフレットだった。


えっ。こんなものが世の中にあるの。


私塾の沿革や理念をさっと流し読みした次の特記事項に功の目は釘付けになった。


・年齢性別は、一切不問。


・入塾期間は、8ヶ月(5月の中旬〜翌年の3月中旬)。


・入塾期間中は、基本的には寮生活が望ましいが、通学も可能。


・入塾に際して入学金・学費等は、不要。


・塾生になった者には塾より毎月18万円の生活費を一律で支給する。


ここまでなら誰もが魅力的に感じるだろう。ところが、世の中そんなに甘くはない。


以下に記されていた入塾条件は、功にとってエベレスト級に高いハードルだった。


・最終学歴は、大卒(国立大学卒限定)か同等の学力を証明できる者


・試験は、書類選考・面接・筆記試験


・入塾人数は、8人


・総資産が5千万円以上あることを証明できる者


こんなの無理に決まってるだろ。


最後の項目を黙読した瞬間、その場で資料を引き裂いて駅を降りたらゴミ箱に捨てたい衝動に駆られたが、相談料を無料にしてくれた武藤のことを思い出しなんとか思い留まった。


国会議員になって世の中を変えるなんて、最初から無理だったんだ。


調べれば調べるほど、国会議員への道のりが酷く険しいものだと知った功は、日を追うごとにあの時に抱いた感情が恥ずかしく思えてきた。


ところが、思わぬ来客の登場でその感情は一変した。


「ねぇ。さっき、葵を探しにあんたの部屋に入ったら、こんなものが落ちていたんだけどさ。これって、あの有名塾の資料よね?」


神様のいたずらか。それとも、悪魔の嫌がらせか。


この日。泉と隣街のデパートでばったり会った由紀子と長女の葵がうちへ来ていた。


武藤には悪いが、今日こそは心を鬼にして帰宅したらすぐに破り捨てようと思っていた功は、由紀子の尋問に背筋が伸びていた。


「それ、ネットで出回っていたんだよ。読んでいるうちに間違えてダウンロードしちゃったんだ」


努めて真顔を装ったつもりだったが、由紀子にはすべてバレていたみたいだ。


「泉さん。里佳子ちゃん。ちょっと、来て。あなた方の大黒柱、何やら悪い企みがあるみたいよ」


由紀子は、手に持った資料をひらひらさせながら不気味な笑顔で功のことをおちょくり始めた。


「さぁ。正直に白状しなさい。あんた、今、凄く、変なこと考えているでしょう?」


泉と里佳子が揃ったところで、由紀子が言った。


「おじさん。白状しないとおしおきよ」


由紀子に続いて葵がどこかのアニメの主人公のセリフで悪ノリしてきた。


別に隠すことでもないから白状するか。


功は、4人の女性を相手にここまでの経緯を話して聞かせた。


まだ、小さかった葵だけちんぷんかんぷんな顔をしていたが、親の躾が行き届いているのか最後まで黙って聞いていた。


「あんた。これ、やってみたら。いい機会じゃない。泉さんもそう思うでしょ?」


「そうね。最後の項目だけ気になるけど、それ以外ならこの人の努力次第でなんとかなりそうですからね」


こいつら馬鹿なのか?ゲームじゃねぇんだぞ。


信じられない展開に功は、めまいがしてきた。


だが、2人とも目の奥は笑っていなかった。


翌日。由紀子は、来年の大学受験に向けてのスケジュールとそれに沿った教材を本屋からどっさり買い込んできた。


「来年の1月まで約10ヶ月。働きながらの勉強はしんどいと思うけど、私の言う通りにやれば、センタ

ー試験も2次試験も辛うじてクリアできるよ」


辛うじてってなんだよ。そこは、余裕とか楽勝って言ってくれよ。


「私だって元経理部よ。資産管理には自信があるからそこは任せなさい」


俺だって、元経理部だよ。ていうか、お前、いつからギャンブラー主婦になったんだよ。


家庭教師気取りの由紀子と大番頭気取りの泉は、喜んで功の援護射撃役を買って出た。


うっとうしいけど、別に勉強が出来て損することはないからな。


2人の強引な押しに抗えなかったこともあるが、それとは別に取り合えずなんでもいいから踏み出すことが大事だという気持ちが芽生えていたことは確かだった。


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