第27話 王道
軽い。動きやすい。オマケに通気性もバッチリだ。これなら何時間でも歩けそうだな。
昨日の夕方。新平から贈られてきた某有名スポーツメーカーの真新しいトレーニングウエアとシューズに身を包んだ功は、意気揚々と運動公園内を散歩していた。
「あっ。今、帰ってきました。代わりましょうね」
散歩から戻った功が、家のドアを開けると泉が玄関に設置している固定電話の通話口を抑えたまま差し出してきた。
<だ・れ?>
功が口パクで訊くと<お・ね・え・さ・ん>と泉も口パクで返してきた。
「はい。もしもし。こんな時間にどうしたの?」
泉から受話器を受け取った功は、額から右目にかけて薄っすら流れていた汗を右手人差し指ではじき飛ばしながら由紀子に訊いた。
「今日は休みよ。というか、そんなことはどうでもいい。それより、あんた。しばらく顔見てないけど、元気そうにしているみたいね。今の仕事には慣れた?」
「1年以上やりゃ、誰だって慣れるよ」
確かに仕事には慣れたが、派遣社員という身分不安定な雇用形態と給料の安さは今も継続中だ。
「そう。それならいいわ。もし、また、解雇されるようなことになったら私に相談するのよ。今は修行の身(下働き)だけど、独立したら経理担当として雇うからさ」
経理担当って……相変わらず上から目線の人だな。
由紀子が店舗経営者になると言い出したのは、4年前のちょうど今頃だった。
結婚後に通っていた馴染のリラクゼーション店が経営不振で倒産したことがきっかけだった。
当時、一番下の子が3歳になったことで少しだけ時間にゆとりが出来た由紀子は、子育て中、唯一の憩いの場だったリラクゼーション店を自らの手で立ち上げるべく情報収集に奔走した。
学費と時間を考えるとこっちの方が手っ取り早いことは手っ取り早いけど、でも、これだと何かあった時に困るだろうな。
熟慮の末、由紀子が選んだのは、民間資格(整体師)ではなく国家資格(鍼灸マッサージ師)だった。
元々、現役で国立大学に合格した由紀子にとって受験勉強も専門学校での勉強もそこまで大変ではなかったが、夫の稼ぎだけが頼りの専業主婦なので、学費の工面にはかなり苦労していたみたいだ。
私の手で憩いの場を復活させてやる。
月日は流れ。昨年の3月。由紀子は、鍼灸マッサージ師の国家試験に合格した。
専門学校を卒業後は、学校の大先輩が営んでいる店に就職した。現在、そこで施術と経営のやり方を学んでいる。
「あんたも大変だとは思うけど、体だけは大事にしなさいよ。人間は体が資本よ」
「それは姉ちゃんも同じだよ。話は変わるけど、たまには慶彦・孟紀・葵も連れてきてよ。うちの里佳子も会いたがっているからさ」
「わかったわ。そしたら、来年のお正月にでもお邪魔するわ。その時は、よ・ろ・し・く・ね」
お年玉のことだな。
子供の頃はいい行事だと思っていたけど、毎年、1対3、いや、兄ちゃんのところまで含めたら1対5の大赤字だよ。誰が思いついて、ここまで流行らせたのかわからんけど、子供が少ない貧乏人にはどぎついシステムだぜ。
受話器を置いた功は、ふぅーと小さく息を吐いたあとで汗を流しにお風呂場へ向かった。




