281 謎の子供
「店をやってるのは、この辺りだけっぽいな」
散策に出たのはいいけど……
それほど広くないだけに、ひと通り見て回るのもあっという間だった。
仕方なく中央付近に戻ってきたけど、やることがない。
買い物でもしようかとも思ったけど、どう考えてもボッタクリ価格だ。
領主として、それを承知で買い物をして広い度量を見せるべきか、それとなく注意を与えて真っ当な商売の大切さを伝えるべきか、非常に悩むところだ。
並べられた石はベンチ代わりなのだろう。そこに腰を下ろし、雑談しながら何かないかと視線を巡らせていると、とてとてと近付く子供の姿が見えた。
六歳ぐらいの……たぶん、男の子だろうか。軽く会釈をすると、相手も会釈を返してきた。
「かわいい、もふもふ~」
人懐っこい子供なのかと思いきや、その視線は白兎姿のサクヤに釘付けだ。
警戒心よりも好奇心が勝ったのだろう。
「その子は俺の仲間で、ピョンコだ。少しだけなら抱っこしてもいいよ」
「……いいの?」
問いかける子供に向かって俺がうなずくと、その意を受けたシアは抱き方を教えながら白兎を手渡した。
嬉しそうに受け取った子供は全身で喜びを表現すると、さっそくもふもふの背中に顔を埋めた。
「わぁ~、わぁ~、きもちいい……。あったかい~」
その表情は、まさに至福……
ペタリと座り込んだ子供は、周りの状況が目に入らない様子で、夢中になって白い毛玉を愛で続ける。
……それはいいんだけど、親らしき姿がないのは不自然だ。いくら田舎とはいえ子供のひとり歩きは不用心すぎる。
とはいえ、全身に浴びせられる視線は変わらないだけに……
もしかしたらクラミスの人たちは、この子供に対する態度を見て俺の人となりを量ろうとでもしてるのだろうか。
まあ、あまり気にしても仕方がない。正体がバレた時点でこうなることは分かっていた。だから、慌てず気負わず、普段通りを心掛けて行動するだけだ。
再び店に視線を向ける。
店は外来者向けなのか、定番の雑貨屋、道具屋、食材と料理の店、仕立て屋などがある。少し見て回ったけど、品ぞろえはそれほど良くない……どころか、かなり酷い。道具なんて、明らかに手入れが行き届いてないものが平然と並べられていた。
魔導具屋の看板が掲げられた店では、商品の大半が何かの皮や鉱石などの素材で、肝心の魔導具は正常に作動するか分からないような──見るからに中古品っぽいものばかり。
店主曰く動作は確認済みらしいけど、その店主ですら用途が分からないものがあるって時点で、とてもじゃないけど信用できない。
ちなみに、宿屋が無いのは希望者には空き家を貸し出すから……だそうだ。他にも、格安料金でテントの貸し出しがあるらしい。
一応、この地にも組合があった。
組合総合受付として、ひとつにまとめられてたけど。
まあ、今回は領主の仕事で来てるので組合に立ち寄る用事はないけど、組合があるってだけで何となく安心感がある。
そんな間口の広い建物が並ぶ中に、民家のような建物が一軒だけ紛れていた。
何の看板も掲げられていない小さな建物は、なんだか異様だ。
まさかこの並びで本当に民家だったりすることはないだろうと思って訪れてみたものの、扉は閉ざされ、留守なのか何の反応もなかった。
それを思い出して質問してみると、子供は夢見心地のまま教えてくれた。
「あ~、あの家はねぇ、水小屋だよ~」
どうやら小屋の裏口から出た先に、共用の井戸と貯水池があるらしい。
池といっても小さなもので、屋根をつけ、その周囲を店や住居などで囲うことで、貴重な水源を護っている。
その他に井戸はなく、勝手に井戸を掘ったら極刑に処されるようだ。
つまり……
「水源はここだけってことだな」
「それって、ヤバくないか?」
俺の呟きに、なぜかクロウは楽しそうに問いかけてきた。
クロウの真意は分からないけど……
なんにせよ、ここにしか水源がないなら交渉するしかない。
とはいえ、命を繋ぐ貴重な水だ。厳しい掟で管理されてるだけに、無料ってわけにはいかないだろう。
『そうですね……。真っ先に思い浮かぶのは水利権で暴利を貪るって事例でしょうか。生きていくには水が不可欠ですし、貴重な水を独占して売れば、どれだけ高くても他の人は買うしかありません。ですけれど、その地に限っては違うと思われます』
『だろうな。それならもっと雰囲気がギスギスしてるはずだもんな』
まるで自問自答するかのように、ついついメイプルに相談してしまうけど……
この場にいないメイプルのほうが、俺よりよっぽど正確に状況を理解している。
『厳しい掟は、みんなで生き残るために作られたものでしょう。であれば、外から来た人たち──お兄さまたちには驚くような値段が提示される可能性があります』
『ちゃんとした理由があるなら俺は構わないけど、問題は王国兵だな』
『だからといって、お兄さまが交渉をしてはダメですよ? 相手は領主の命令には逆らえない人たちですし、そもそも水が必要なのは王宮から派遣された王国兵の人たちですから』
それはそうだ。
領主である俺が命じれば郡長官は従わざるを得ないけど、あまり横暴なことはやりたくない。
とはいえ……
『まあ、そうだけど……』
『お兄さまが自分の護衛を連れて視察するのでしたら、水の確保もお兄さまのお仕事ですが、今回は少し事情が複雑です。王国兵のみなさんは王宮の指示でお兄さまの護衛に就いています。ですので、王国兵に関する責任は全て隊長が負うことになります。当然、水の確保も隊長のお仕事です』
だから、俺が出しゃばるのは良くないってことらしい。
俺の感情がメイプルに伝わったのだろう。
『そう心配する必要はないと思いますよ? 今回は…………』
マリーの魔導術があれば水の問題は解決するけど、居ないものは仕方がない。
同様に、水の精霊がいればと思うけど、魔物のエサになる姿は見たくない。
考え込むフリをしてた俺は、結論が出たとばかりに小さくため息を吐くと、クロウを見つめる。
「水の確保も隊長の責務だろ? 王国兵の印象向上も作戦のうちなだけに無体な仕打ちはないと思うけど、頼むから俺の領民を苦しめてくれるなよ」
メイプルの言葉を借りて、クロウに軽く釘を刺す。
少し驚いた表情を浮かべたクロウは、小さく息を吐いてニヤリと笑う。
「まあ、そりゃそうか。俺としちゃ、領主の権限でスパッと解決してくれりゃ楽だったんだがな」
どうやらクロウは、俺を動かして事を楽に進めようと思ってたようだ。
なんだか軽く見られたようで苦々しく思ったけど、勝手に格付けして上位を主張し合うのは、貴族社会ではごく当たり前に行われる社交辞令のようなもの……と聞いている。
もしかしたらクロウは貴族の出なのか、などと考えてたら……
「あっ……」
子供が悲しそうな声を上げた。
見れば、白兎を抱いたシアが少し険しい表情を浮かべていた。
……いや、不思議そうというか、注意深く子供を見つめているようだ。
「ハル兄、気を付けて。この子、何か変」
シアが注意を促すと同時に……
「貴方、何者ぴょん?」
白兎が警戒しながら、子供に向かって問いかけた。




