280 郡都クラミス
頭の上に黒猫を乗せた村人姿の俺は、白兎を抱えた妹と旅人姿のクロウを連れて、寂れた漁村を散策することになった。
なぜ、そんなことになったのかといえば……
上陸したのは、ワルトクラム島の港町にしてクラム郡の郡都であるクラミス。
……だけど、自分で言うのも悲しいけど、寂れた漁村といった雰囲気で、とてもじゃないけど都には見えない。
とはいえ、見た目はボロでも活気があり、そこかしこから異常なほど威勢の良い声が漏れ聞こえてくる。……それこそ、怖いぐらいに。
「あの酔い止め、ここの住民が愛用してる危ない薬だったりしないよな……」
もちろん風精霊の鑑定に間違いはないと信じてるし、同じ薬を服用した兵たちに俺のような副作用──元気が漲ったり高揚感に包まれたりって症状は現れていない。
だからまあ、ちょっとした冗談のつもりだけど……
上陸時に出迎えてくれた郡長官たちも同じようなテンションだっただけに、その時に垣間見えた不気味な狂気を思い出し、ついつい変なことを考えてしまう。
何にせよ、薬のおかげで俺は元気になったものの兵たちはそうもいかず、慣れない船旅のせいで疲労の色が濃いのもあって、休憩ではなくそのままクラミスで一泊することになった。
当初の予定では、小休止の後、現場近くの村で一泊することになってたけど、ここは万全を期すほうがいいだろう。
宿泊すると決めたものの……
同行する兵は百人にも満たないとはいえ、寂れた漁村……のような郡都クラミスに、宿泊できる施設はない。
来客用の館ならあるけど、護衛を含めてせいぜい十数人が限度だろう。
どのみち宿泊予定だった村にもそんな施設はないので、野営の備えは整っている。なので、兵たちは休息できる喜びを隠そうともせず、空堀の外にテントを張り、夜の備えや食事の準備に勤しんでいる。
ただ、問題は水だ。
クラミスの守りは石壁と堀だけど、やはり水は貴重なのか堀の中は空っぽだった。
こちらは仮にも行軍中なので常備してる飲料水はあるものの、そう何日分もあるわけではない。
足りなければ現地調達すればいいと思ってたので、まずは水場を確保する必要があるらしいけど、なかなか見つからないようだ。
節約しつつ素早く任務を終わらせればなんとかなりそうだけど、少し心許ない。
住民から分けてもらえれば助かるけど、いざとなれば精神収納を使うことになるだろう。
その時は、俺としては精神収納のことを公表するつもりはないので、何らかの方法で誤魔化す必要があるが。
ちなみに俺も野営するつもりだったけど……
「領主様を野宿させたとあっちゃ、家臣の名折れってもんだ。どうか迎賓館を使ってやって下せえ。まあ、こんな辺鄙な所だけに豪勢なもてなしってワケにゃいきやせんが、船旅の疲れぐらいは落とせるはずでさぁ」
クラム郡の郡長官であるゴードンが、ガハハと笑いながらそう言っていた。
賊の頭目のような風貌ながら仕事はできるようで、こんなこともあろうかと、使う予定のなかった迎賓館を事前に準備してたらしい。
ちなみに迎賓館と言っているが、それはゴードンなりの冗談だろう。
来客用の館だけど、とてもじゃないが王族や大貴族を迎える建物ではない。
クラム郡は長らく国王の直轄地だった。
その理由は……今さら語るのもなんだけど、辺境の地、それも経済状態の悪い島々だけに、貴族たちから見放されていたからだ。
直轄地なので、行政官は国王が任命することになる。でも実際は、王宮や上級貴族による推薦とかが多く、厄介な地ならば厄介者の左遷先になりがちらしい。
ゴードンの場合は地元の有力者を引き立てたって形式らしく、見た目はともかく仕事ができるし人柄も悪くないので、クラム郡がリーフォニア領に組み込まれた時に引き続き行政官──郡長官として雇うことになった。
その経緯は知っていたけど、実のところ俺とゴードンは初対面だったりする。
港での初顔合わせが終わった後、俺たちは迎賓館に案内され、ゆっくり寛ぐようにと部屋に通された……のはいいけど、申し訳ないがこちらは元気があり余っている。
なので、村人の服に着替え、シアを連れて郡都クラミスの様子を見て回ろうとしたら、案の定というか……
「どこ行くんだ? 勝手にうろついたら危ないぞ?」
クロウに見つかって引き止められた。
「俺たちなら平気だから、クロウは気にせず自分の作業に戻ってくれ」
「気にすんなって。いくら自分の領地だっつっても、領主に護衛は必要だろ?」
遠回しに邪魔だと伝えたものの、クロウは全く意に介さない。
おそらく……だけど、王宮から領主の護衛をするよう指示されてるのだろう。
護衛ならシアだけで十分だけど……なんてことを考えてたら、サクヤの用事が終わったという連絡が入った。
それならばと、メイプルの指示に従って杖で地面にウサギを描く。
「これでも俺は召喚術士だからな。護衛なら間に合ってるよ」
現れたふわふわもふもふの白兎が、俺の胸に飛びこんできた。
それを受け止め、軽く撫でてシアに手渡すが……
その時のクロウの笑顔が、やけに優しかった。
いやまあ、微笑ましい光景だけど……
クロウには子供がペットを抱きかかえてるようにしか見えなかったのだろう。
気楽に散策するつもりだっただけに部外者の同行は邪魔だけど、あまり邪険にしても仕方がないし、やましい事をするわけじゃないのでクロウの好きにさせることにした。
「見事に荒廃してるぴょん☆」
道端の雑草すら元気がなく、半ば枯れてるように見える。
畑らしきものもあるにはあるけど、俺が農夫を初めた一年目の時よりも酷い有様で、過酷な環境でも生育するとされる芋でさえ、あまり元気がなかった。
「でもまあ、いちおう野菜も売ってたよな……バカみたいに高かったけど」
「ほとんど船で運んだ野菜ぴょん☆」
「なるほど、そりゃ高いわけだ。乗ってきた船にも積まれてたんだろうな」
そんなことを話してると、不意にぽふっと頭の上に何かが乗った。
いやまあ、予兆というか、慣れ親しんだ気配を感じたので驚きはしないが。
「その通りですにゃあ」
わざわざ確認するまでもない。頭上にいる声の主は黒猫姿のクロエだ。
……そして、今に至る。
「よう、ニャンコ、久しぶりだな。向こうの用事は終わったのか?」
「はい。問題なく終わったにゃあ」
クロエは何かの用事で獣人王国ワンダーテイルに滞在してたけど、こちらの応援に来てくれたらしい。
ちなみに獣人王国で何をしてたかは、全く知らされていない。
とはいえ、いつものことなので気にしても仕方がない。もし必要があればメイプルのほうから説明してくれるはずだ。
……それはいいんだけど、なぜかクロウが必死に笑いを噛み殺している。
「クロウ、何か言いたそうだな?」
「いやぁ……なんつーか、緊張感の欠片もねぇなってな」
「……まあ、息抜きの散歩だからな。けど、油断はしてない……つもりだ」
妹たちが……だけど。
過酷な環境のせいか害獣が少ないこともあり、住民にとって一番の脅威は人間ってことになる。それだけに、外から来た余所者は特に厳しい目で見られる。
それは、領主の一行であっても変わらないのだろう。
お忍びのつもりが思いっきり目立ってしまった俺たちに、住民たちの視線が突き刺さる。興味本位からあからさまに警戒してるものまで、容赦なく。
そもそも、気さくに接してくれた郡長官からして、どこか様子が変だった。
俺たちが余所者なのはバレバレだし、俺が領主だってこともバレてそうだ。
それならいっそ……
「お忍びは無理そうだし、領主として堂々と見て回ろうか」
「任せて。ハル兄はシアが護る」
「了解にゃあ」
「分かったぴょん☆」
なんとも頼もしい妹たちだけど……
「子守も大変だよな……」
苦笑しながら、クロウがボソリと呟いた。




