278 イヴの報告
白葉館のパレットルームに現れたイヴ──慈悲深き光の聖女と称えられる光の大精霊イーヴァリエは、ワルトクラム島の現状から話し始めた。
その内容は、大凡メイプルが推測した通り、化け物のせいで精霊が減少したことにより島の荒廃が進んでいる……というものだった。
「それで、その化け物について……ですけれど、申し訳ありませんがあまり詳しいお話は聞けませんでしたわ。それも、化け物が精霊を取り込み、霊力を魔素に変えて辺りに放出しているからですけれど……」
化け物に近付くほど襲われる危険が高まるだけに、好奇心が旺盛な精霊ほど犠牲となる。これでは詳しい情報なんてものは、なかなか集まらない。
それに……
「その魔素には精霊を誘引する効果があるようでして、それが調査を阻害する要因となっているようです。また、長年にわたって蓄積された魔素は、徐々に大地を浸食し、被害を拡大させているようですわ」
魔素は霊力に干渉し、不快感や倦怠感などをもたらしたり、霊力の高い者にはいわゆる魔素酔いを誘発したりするものだが……
この魔物が放つ魔素は特別なようで、精霊などの強い霊力を持つモノは中毒をおこし、意識が混濁し、自我が薄れ、より強い魔素を求めるようになる。
つまり、その中心地にいる魔物は、動かずとも勝手に吸い寄せられてくる無抵抗な精霊を好き勝手に捕食することができる。
精霊にとって、まさに悪夢のような敵だ。
「そうでしたわ。魔素の影響があるのではと思い、お薬を用意しておりましたのよ。お話の途中ですけれど、先にお渡ししておきますわね」
「あっ、イヴさま、そのことで見てもらいたいものがあるのですけど……」
薬という言葉を聞いたメイプルは、精神収納から小袋を取り出してイヴに渡す。
小袋といえどイヴの手に渡ればそこそこの大きさに見える。
「こちらは?」
その問いには、白兎獣人が答える。
「船旅でハルキが体調を崩した時に、島の方からいただいたお薬ぴょん☆」
「すでに影響が海上にまで……」
島の外にまで影響が広がっていることを心配し、イヴは沈痛な表情を浮かべる。
それを見たメイプルは、怪しげな薬だと疑われているように感じ、説明を加える。
「その薬をフェルミンさんの召喚精霊に鑑定していただいたところ、体調を整える効果に加え、魔に対抗する神聖な力が込められているそうです。ですので、ハルキお兄さまや島で活動する姉妹たちに飲んでいただきました」
薬の効果はハルキを見れば一目瞭然。
同じ薬を飲んだサクヤとシアも元気なままだ。
ただし、薬の鑑定をした風精霊には効果が薄く、限界だからと上陸前に姿を消した。
話を聞きながら小袋を眺めていたイヴは、小さな刻印を見つけて不思議そうに小首を傾げる。
無言のまま袋の口を開け、中から小さな薬包をひとつ取り出すと、丁寧に折りたたまれた紙片を慎重に開いていく。
その途中、少し驚いた表情を浮かべたものの何か納得したように小さくうなずき、出てきた粉末を見つめたり指で触ったりして簡単に調べる。
「どうやら、ワタクシが用意したお薬と同等の効能があるようですわね。島に滞在している間は、その効果を切らさぬよう……そうですわね、少しでも気分が悪くなりましたら、迷わず服用されるのが良いかと」
小袋の隅には、今では使われていないキュリスベル王家を表す古の印が刻まれていた。初代女王エーデワルトの時代に使われていたもので、それはつまり、この件に彼女が関わっていることを示している。
また、薬の包みには処方した薬師の印が刻まれているものだが、そこにあるのは運命の薬神ヤクトエヌスの印。
普通に考えれば、運命の薬神を信奉する土着宗教の教会で調合された薬ということになるが、それにエーデワルトが関わっているとなると話が変わってくる。
その薬は運命の薬神自身、もしくは、その眷属が調合した精霊薬の可能性が高く、そうであれば、イヴが用意した聖属性を付与するだけの薬よりもよっぽど有用に違いない。
イヴとエーデワルトは、それぞれ己が目的のために動いており、特に敵対したり協力したりといった関係はない。だが、魔の勢力からオースフィア大陸を護らねばならないという目的だけは一致している。
今回の件は、イヴにしてみれば、これ以上放置できないからと軽い気持ちでメイプルに相談してみたら、あっという間に化け物の実在が確認され、これまたあっという間に討伐するという話になってしまった。
それ自体は喜ばしいことだが、様々な偶然が重なり合った結果、ハルキに多大な迷惑をかけることになってしまった。
だから、可能な限り助力しようと努めているのだが……
ただの偶然かもしれないが、その動きを察知したエーデワルトが、ハルキたちに手を差し伸べたようだ。
光の大精霊イーヴァリエは太陽の大神ラーテルの眷属であり、至高の天帝ラディエルを精霊王と崇めている。
一方、受肉した精霊エーデワルトは豊穣の女神ユーカティアの系譜であり、慈愛の賢者アレイタスを精霊王と崇めている。
キュリスベル王家が秘蔵する書物には、以下のように記されている。
十柱の天神(天の神)は精霊王とも呼ばれ、天界に住んでいる。
その意を受けた地神(地の神)がこの世を治める。
天神と地神は対成す存在だと考えられている。……と。
●天神 ●地神
至高の天帝 ─ 太陽の大神
冥府の魔王 ─ 創造の死者
天空の覇者 ─ 導きの白狼
轟雷の武神 ─ 迅雷の女神
業火の使者 ─ 勇敢なる闘神
黄昏の薬神 ─ 運命の薬神
地底の要塞 ─ 震滅の地竜
慈愛の賢者 ─ 豊穣の女神
大海の暴竜 ─ 変幻の蛇神
夢幻の氷華 ─ 清浄なる女神
天神や精霊王のことはほとんど知られていないが、地神ならば土着宗教で祀られているし、旧暦や勲章の名称にもなっているので、王国民には馴染みが深い。
ラーテル様に導かれただの、ヤクトエヌス様の言葉で救われただのと語る人がいたり、地神のおかげで……などと記された文献も数多く残されている。
もちろん、全てが真実だとは限らないが、それほど身近な存在である。
本人が知れば、なんてことに巻き込まれたんだと頭を抱えるだろうけど……
かなり大げさに言えば、ハルキは知らぬ間に太陽の大神、豊穣の女神、運命の薬神という三柱の地神から助力を得ているということになる。
それどころか、全ての地神が、この成り行きを見守っているのだとしても不思議はない。
「他にも術士や兵士を伴っておられるのでしたら、いくらあっても困ることはないでしょう。合わせてこちらもどうぞ」
微笑みを浮かべたイヴは、小袋に自分が用意した薬を添えてメイプルに渡す。
「それでは、お話を戻しますわね。……化け物についてですけれど、聞いた特徴と一致するゲヌマの魔物となりますと、貪食の魔草アニバゴラが近いでしょう。蔓を伸ばして獲物を捕食する植物系の魔物です。ゲヌマには多いですけれど、これまでオースフィアでは見ることのなかった品種ですわね」
目の前の空間に魔物の姿が映し出され、メイプルが小さくうなずく。
「私が聞いた特徴と一致しているように思います」
「でしたら、相手は植物系の魔物に間違いないようですわね。……とはいえ、アニバゴラは悪食ではあるものの精霊を捕食したという記録はありません。ですので、ミュータント……変異体(?)の可能性が高いですわね」
「もしくは帝国の方が、何か手を加えた……とか?」
「そう……ですわね。その可能性もありますけれど、帝国にそこまでの技術はないかと。仮にそうだとしても偶然の産物でしょうね」
そう答えたものの、イヴの頭の中にはもう一つの可能性が浮かんでいた。




