277 パレットルームで密談を
王都には、呪われた場所というものが複数存在する。
その中でも特に有名なのは、リガンタス広場という、誰もが避けて通る殺戮の館が建つ一角だ。
だが、その場所は、今や……
「申し訳ございません、お客様。現在、店内が非常に込み合っており、入店人数を制限させて頂いております。用意が整い次第案内させていただきますので、こちらの番号札を持ってお待ちください。また、こちらは軽食セットの無料チケットになります。有効期限は本日のみですが、よろしければあちらのガーネット軽食店でご利用ください」
キッシュモンド広場と名を変え、平日休日を問わず、信じられないほどの賑わいを見せている。
予想に反してアクアマリン服飾店の人気は衰えず、それどころか評判は高まるばかりで、客が店に入りきらない日が増えてきた。
そんな時は整理券を発行して入店人数を制限し、併設された軽食店の利用を促している。が、無料チケットの効果なのか苦情はほとんど無い。……それどころか、逆に好評だったりする。
それもこれも、手軽で美味しい商品の数々と、次々と繰り出される新しい味が、客を魅了しているからだろう。
そんな軽食店だが、もとは「休憩する場所があれば便利だ」というハルキの発案で建てられた、柱と屋根だけの東屋だった。
そこに串焼きなどの屋台を出したら、その味が評判になり、それを目当てにやってくる客が増えた。
それならいっそ、ちゃんとした店にしようと、服飾店に隣接する軽食店としてつい先日開店した。
それがここまで人気になっているのは、キッシュモンド商会が取り扱うようになった豊富な食材や貴重な香辛料のおかげもあるが、前々からメイプルたちが目をかけていた、軽食店を経営する孤児院育ちの三人のおかげだろう。
メイプルとサンディーが生み出す新しい味を、採算が合うよう原料から吟味して、美味しさはそのままに、だが極力調理の手間を省いて早く提供できるよう工夫する……そんな、早くて美味しいを実現する腕があったればこそ。
彼らにとって、リーフォニア伯爵家──特にメイプルとサンディーには、細々と続けていた小さな串焼き屋台を立派な店にまで成長させてもらった恩がある。
そのおかげで孤児院に寄付する余裕ができたし、孤児の働き口にもなっている。
その恩を少しでも返そうと始めた出張屋台だったが、あっという間に立派な店が建ってしまった。
あちらの店は後輩たちに任せているが、変わらず繁盛が続いている。
そんなわけで、恩を返すつもりが更なる恩を受けてしまい、その恩をどう返せばいいかと熟考した結果、ガーネット商会と屋号を改め、キッシュモンド商会の傘下に入る決断をした。
ともあれ、服飾店としては客を待たせるのは問題なので、中央通りに新たな店──アクアマリン服飾店の二号店を開く準備が進められている。
なので、この混雑も二号店が開店するまでの辛抱だ。
賑わいを見せる店舗のすぐ傍に、リーフォニア伯爵邸『白葉館』が建っている。
何かの術式によるものなのか悠久の時を経てもなお朽ち果てることなく残った建物だが、かつては王家が所有していた屋敷で、所有者が変わっていくうちに忘れ去られ、いつしか殺戮の館などという物騒な名前で呼ばれるようになっていた。
それを買い取って除霊し、再び人が住めるようにしたのが今の所有者、英雄ハルキとその妹である紅玉の聖法騎士ディアたちだ。
白葉館の屋根裏中央には、パレットルームと呼ばれるサンディー専用の作業部屋があるのだが、この部屋には召喚跳躍の目印が設置されている。
ハルキの妹たちが王都への移動に利用している目印だが、それを使ってメイプルが姿を現した。
メイプルが王都に来る時は、王立学院の研究員──漆黒の召喚術士の召喚人グリーンとして来ることが常だが、今日は妖精を思わせるような軽装鎧ではなく、珍しく普段着のままだ。
そんなメイプルの出現を待っていたかのように、白兎獣人姿のサクヤが現れた。
白兎獣人はハルキの旅に同行しているのだが、無事にクラム郡のワルトクラム島に上陸して暫く休憩することになったので、その時間を利用して跳躍して来た。
顔を合わせて密談するのに、ここほど最適な場所はない。
とはいえ、メイプルとサクヤの密談なら念話で事足りるので、わざわざ顔を合わせる必要はないのだが、これには理由があった。
どこからともなく現れた光の粒子が一点に集い、輝きを放って人型の精霊となる。自身の半分ほどの背丈で宙に浮いている相手を、メイプルは恭しい態度で出迎える。
「イーヴァリエ様、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「いえいえ、無理な頼みごとをしているのはこちらです。引き受けてくださり、こちらこそ感謝しておりますわ」
その頼みごととは……
精霊が忌避する地のひとつであるワルトクラム島は、昔から精霊を喰らう化け物がいると噂されていた。
とはいえ、それを確認するには精霊の身では難しく、長らく放置されていた。
その間に化け物の力が増したのか、ますますワルトクラム島から精霊の気配が薄れ、さらに荒廃が進んで不毛の地へと変貌しつつある。
さすがにこのまま放置しておくわけにもいかず、光の大精霊イーヴァリエがサクヤを通じてメイプルに相談したわけだが……
メイプルとしても、お兄さまの領地に得体の知れないモノが棲み付いているという噂があるのなら、調査をしないわけにはいかない。
それに、もしこれがゲヌマの魔物で、それを帝国が利用するつもりなら、見過ごすわけにはいかない。
だから、ディアーナに頼んで調査してもらった。
そのディアーナは幽霊の召喚体──いわば、精霊に近い精神体である。
それだけに、大きな危険を伴うが……
「そうどすなぁ。ちょいと様子見ぃさせてもらおう思てますけど、そない心配はいらんー思いますえ? なんせウチには、ユーカティア様の加護ゆうもんがありますさかいに」
ディアーナは幽霊といえども豊穣の女神ユーカティアに祝福された聖法騎士。
精霊が魔の力に弱いのと同様、魔は聖なる力に弱い。
ならば、聖なる加護を受けた幽霊は、果たして魔に打ち勝てるのか……という話になるが、どうやらディアーナに宿る聖なる力が優ったようだ。
ディアーナの調査で、噂でしかなかった『精霊を喰らう化け物』の実在が確認され、帝国が飼育するゲヌマの魔物だと判明した。
イヴは、それを受けて精霊側でも詳しく調査すると約束していたのだが……
王宮の動きがあまりにも早く、その報告が討伐の直前になってしまった。
「危いところでしたが、間に合ってよかったですわ。それでは早速ですが、報告を……しようと思いますが、その前に……」
言葉を切って、真剣な表情でメイプルを見つめる。
「メイプルさんも、どうかワタクシのことは、イヴとお呼びください」
何事かと身構えたメイプルだったが、予想外の提案に脱力する。
「……そうですね。それでは、イヴさまと呼ばせていただきますね」
「ええ。それでは……」
愛らしくちょこんとテーブルに腰掛けたイヴは、両足をぶらぶらと揺らしながらメイプルと白兎獣人に向かって椅子に座るよう促し、精霊たちから集めた情報を伝え始めた……




