272 精霊を喰らう化け物
オース教の調べが進むにつれ、次々と犯罪行為が発覚し、オース教は犯罪組織だと王宮から正式に発表された。
オース教の司教たちは急いで本国に問い合わせたが、その返答は「事ここに至っては組織の保全が第一である。全ての責は帝国にあると訴え、取り調べには従順に応じよ。ただし本国の指示と悟られぬよう重々注意されたし」というもの。
もちろん連絡網を掌握したキュリスベル王宮が流した偽の返答だけど……
これによって拘束された信徒を含む多数のオース教関係者は、厳しい取り調べをするまでもなく帝国の情報……とりわけ犯罪組織について語り、多くの悪人が拘束された。
そして現在、一斉摘発が終わった王都周辺は落ち着きを取り戻し、残党狩りに移行している。
それと並行して、サンクジェヌス帝国から解放されて間のない南東地方や、長年に亘って離反工作を受けていた南海地方での捜査が強化されている。
これらは王宮主導で行われ、派遣された王国兵がその任にあたる。それに先立ち、領内における王国兵の活動を認め、協力するように……と、国王の名で領主たちに命令書が届けられた。
伝統ある大貴族ならば領主の主権が脅かされると反発しそうなものだが、該当する領地で一番有力なのはリーフォニア伯爵家である。
そのリーフォニア伯爵家が率先して受け入れた以上、他の領主も追随せざるを得ず、それにより捜査は円滑に進んでいる。
自領とはいえ隅々まで調べようと思えば、それなりの人員や費用が必要になる。それを国が肩代わりしてくれるのだから拒否する理由はない。
もちろん、後ろ暗いことがなければ……だが。
ディッケス郡では、材木問屋のボッシュを首魁とするセラフット開放同盟が一掃されて以降、犯罪組織らしきものは確認されていない。
力を失ったオース教の施設が三カ所残ってたけど、王国兵によって真っ先に検められた。
俺がウォーレン男爵のままだったら、これで仕事が終わりなんだけど……
リーフォニア伯爵となったからには、広がった領地も治める責任がある。
その中で注意すべきは、商都に近いヒンラ郡だろう。
事実、ヒンラ郡では、オース教の施設以外に、帝国や犯罪組織の巣窟が四カ所も見つかっている。
だから、新たに帝国の施設が見つかったって聞かされても、またか……という感想しか出てこない。
領主館に泊まり込んで激務をこなしてる身としては、帝国の奴等には余計な仕事を増やすなと声を大にして言いたい。
ようやく王都から戻ったはいいけど、溜まりに溜まった仕事を片付けつつ、罪人を裁いたり、訪問客を捌いたり、時には妻たちの機嫌を伺ったりと、とにかく忙しい日々が続いている。
夜更けまで執務室に籠ってメイプルと二人で書類と向き合う毎日で、最初こそディッケスの領主を引き継いだ頃を思い出して懐かしくなったりもしたけど、その気持ちを抱いて楽しめたのはもう遠い過去の話だ。
ともかく、そんな激務の中で不意に訪れた穏やかな時間だったのに、せっかくの気分が台無しだ。
もちろん、メイプルが悪いわけじゃない。
この状況を作り出した帝国が全面的に悪い。
とはいえ、いつもなら報告書で済ませるところを、わざわざこのタイミングで伝えてきたんだから、何か理由があるはずだ。
その理由に心当たりはないけど、厄介事の予感がヒシヒシと伝わってくる。
「……場所は?」
「クラム郡ワルトクラム島の南部、ケーヒアの村近く……といっても少し距離がありますけど、エノマと呼ばれる湖の畔にある洞窟です」
……なるほど。
ディアーナが島に渡ったのも、不審者情報を調査するためだったのか。
「帝国の奴等、まさか島にまで手を出してたとはな……。それにしても、よく見つけたもんだ」
「はい。実は……」
リーフォニア領となった島々──スキャラ郡、クラム郡と並ぶ島々の南東には、南海地方の南部に属する、デリムマイカ郡、トーレス郡の島々が浮かぶ。その先は南東地方であり、さらに向こうが帝国だ。
つまり帝国は、前々から海路を通じてキュリスベル王国の島々にちょっかいをかけてたってことになる。
それだけでも問題なのに……
「……まだ未確認ですが、そのアジトで魔物が飼われている可能性があります」
「海を渡れない魔物が島に? あー、魔物使いの仕業か。船の積み荷に見せかけて運び入れた? ……いや、召喚みたいなこともできるって話もあったな」
魔物使いが島に渡り、使役した魔物を呼び出したってところか。
何にせよ迷惑な話だ。
「……呼び出せるんだったら、わざわざ飼う必要はなさそうだけど」
「推測になりますけど、おそらく魔物を使った実験をしているのでしょう」
「実験? 物騒な話だけど、何か心当たりがあるのか?」
「それはですね……イヴ様の話では、この世界には精霊が嫌う場所というものがあって、そのひとつがワルトクラム島……なのだそうです」
いきなり何の話だ? ……と思ったけど、大人しく耳を傾ける。
「……何でも、精霊を食べる化け物がいるとか。その調査をディアお姉さまにお願いしていたのですけど、見つかったのが……」
「帝国の巣窟だった……ってことか」
「はい。そういうことです」
要するにメイプルは……
イヴ様からリーフォニア領に精霊が嫌う土地があるって聞かされ、ワルトクラム島にいるとされる『精霊を食べる化け物』について調べたら、案の定……なのか分からないけど帝国の巣窟を見つけ、化け物の正体は帝国が持ち込んだゲヌマの魔物じゃないかって思ったらしい。
いや、順番が逆で、化け物の正体はゲヌマの魔物じゃないかって推測し、それを確認するため調べてたってところか。
「魔物を使って島から精霊を追い出す……実験?」
「その可能性はありますね」
「精霊を追い払って、何か意味があるのか?」
「そうですね……、おとぎ話のような俗説では、精霊の居ない土地は荒野になると言われています」
それは困る。
「もし大侵攻が起きたら領民を島に逃がそうって計画してたのに、先手を打たれたってわけだ」
荒野となった島に大量の避難民が押し寄せたら、あっという間に食料や物資が尽きてしまう。
「まさか、この辺りの環境が厳しいのも、そのせいか?」
「その可能性もあるでしょうね。とはいえ、まだ推測でしかありません。もしかしたら、魔物に人ではなく精霊を与えることで、どう変化するか……程度の思い付きかもしれませんし」
たしかに、あまり推測だけで突っ走るのは危険だ。
ともかく、領民を島へ避難させる計画は、考え直す必要がありそうだ。
「島に農業が根付かなかったのは、荒野になりつつあるからでしょうね。それで漁業が発展したのでしょう」
「命がけで一角鯨を捕ってるのも、そのせいか」
捨てるところがないって言われるほど優秀な獲物だけど、並の漁船なら体当たりの一撃で沈む……らしい。
そんな危険を冒さねば、あの島では生きていけないのだろう。
いや、今はそれよりも……
「もし本当に魔物がいるんだったら、王国兵じゃ厳しそうだな」
「まず間違いなく、術士や特命官が派遣されるでしょうね……」
「…………なるほど」
ここにきて、ようやくメイプルの意図が理解できた。
ゲヌマの魔物が見つかれば、近くにいる俺たちに討伐任務が下される。
だけど、水雷の女神マリーも、災厄の魔女ウィッチも、白銀の聖法騎士ガイゼル閣下も体調不良でダウンしている。
つまり、動ける特命官は俺──漆黒の召喚術士マスターブラックと、妹である紅玉の聖法騎士ディアの二人だけだ。
もちろん、シアたちの力も借りるけど……
妻たちの圧倒的な攻撃力と判断力を欠く中、失敗できない任務を俺の責任で遂行しなければならない。その可能性に気付いたメイプルは、俺に心の準備をさせるため、早めに伝えてくれたのだ。
全てが杞憂で、ゲヌマの魔物などいなかったって結果になるのが一番だけど……
「化け物の姿が確認されました。やはり、ゲヌマの魔物のようです」
無情にも、願いは魔物に砕かれた。




